演歌歌手のデビュー曲
演歌といえば日本人の心の音楽として、老若男女を問わず親しまれてきました。
そして、数多くのスター歌手が誕生したジャンルでもあります。
今回はそんな演歌歌手のデビュー曲の特集です。
今では大御所と呼ばれるような歌手たちの初々しい一面も垣間見えます。
演歌歌手のデビュー曲(21〜30)
雨酒場香西かおり

演歌歌手の方は民謡を習っていた方が多いですね。
香西かおりも幼い頃から民謡で賞を受賞し、「香西香」で、民謡レコードも出しています。
一時期は銀行へ就職するも、やはり歌手への道を諦められず、1988年に念願のデビューを果たしました。
兄弟船鳥羽一郎

芸名通りに出身地は三重県鳥羽市で、ご両親も父は漁師で母は海女、そしてご本人も5年間遠洋漁船に乗り込んで、マグロやカツオなどを捕獲する船員でした。
海の男の歌は命をかける自らの体験でもあります。
実弟に山川豊がいますが、先にデビューしたのがきっかけで鳥羽一郎も、船村徹の門下生となり30歳でデビューとなりました。
ブンガチャ節北島三郎

発売1週間で放送禁止の幻のデビュー曲です。
テレビで3回歌ったら放送禁止になったらしいので、どんな曲かと聴いてみると、明るくて楽しそうな曲でした。
当時はかけ声の「キュツキュキュ」が非常に問題とされたようです。
誰がいったんでしょうね。
霧情山内惠介

デビューは2001年の17歳の時で、出身地の福岡県のカラオケ大会でスカウトされました。
歌手になるために、1年間月1回、上京して歌のレッスンを受けていたんだとか。
相当な出費だったでしょうね。
ちょっと女性的な感じの演歌歌手の山内惠介は今やおばさま方のアイドルです。
この世の花島倉千代子

島倉千代子の透き通った悲しげな声はファンも多かったですね。
優しいお人柄と、人を疑うことを知らない純粋な方ゆえに、知人に実印を貸してしまい、20億ともいえる負債を抱えた島倉ですが、なんと7年で完済したというのですから、驚きです。
せんせい森昌子

13歳の森昌子は郡を抜いての歌唱力でしたが、本格的な演歌を歌い始めたのは、1977年の「なみだの桟橋」あたりからです。
恩師の作詞家である阿久悠からは、「歌は上手く歌うな」と「今の自分を出して歌え」とのお言葉を頂いたそうで、確かに13歳時のド演歌ってちょっと引きますね。
かくれんぼ石川さゆり

森昌子より一つお姉で、デビューしたての頃はちょっと「桜田淳子」の真似とも思える帽子を被ってましたね。
当時の山口百恵桜田淳子、森昌子の「花の中3トリオ」の影に隠れて、売れなかった時代がありました。
ブレークしたのは1977年の「津軽海峡冬景色」でした。
演歌歌手はやはり演歌ですね。