演歌歌手のデビュー曲
演歌といえば日本人の心の音楽として、老若男女を問わず親しまれてきました。
そして、数多くのスター歌手が誕生したジャンルでもあります。
今回はそんな演歌歌手のデビュー曲の特集です。
今では大御所と呼ばれるような歌手たちの初々しい一面も垣間見えます。
演歌歌手のデビュー曲(21〜30)
玄界灘段田男

荒波が押し寄せる玄界灘を舞台に、東京へと旅立つ若者の決意と父とのきずなを描いた、段田男さんの1作目のシングル曲。
吉田旺さんが詞を手がけ、市川昭介さんが曲を担当したこのナンバーは、男の哀愁と誇りを情感たっぷりに表現しています。
伸びやかな歌声が迫力のある曲調とよく合っているんですよね。
1987年にはアルバム『男華』に収録、その後オンデマンド盤として再流通されました。
故郷を離れる日の切なさと希望を思い出したい方にオススメの、力強い演歌です。
いのち花真木柚布子

1989年11月にリリースされたデビューシングル『いのち花』です。
本作は新宿歌謡祭で銅賞を受賞、演歌歌手としての本格的な活動の起点となりました。
石本美由起さんの作詞、市川昭介さんの作曲という黄金コンビが手がけた本作。
男女の愛と運命を花や舟といった自然のイメージで詩的に描き出しています。
人生の節目を迎えた方、運命的な出会いや別れを経験した方の心に静かに響く1曲でしょう。
カモメお前なら神野美伽

1984年3月に神野美伎さんがリリースしたデビュー作『カモメお前なら』は、鳥井実さんが作詞を、市川昭介さんが作曲を手がけました。
カモメに語りかけるような歌詞が印象的で、港町の情景や旅立ちへの思いが込められています。
演歌らしい節回しを持ちながらも、フォーク風味を帯びた親しみやすい曲調で、演歌初心者の方でも歌いやすい1曲です。
神野さんはデビュー年に第3回メガロポリス歌謡祭新人賞をはじめ、多数の新人賞を獲得しています。
別れ愛若山かずさ

1984年4月に日本コロムビアからリリースされたこの曲は、作詞を荒川利夫さん、作曲を三木たかしさんが手がけた演歌バラードです。
情感たっぷりの歌声で切ない別れの情景を描いたこの曲は、横浜音楽祭で審査員特別賞を受賞、若山かずささんの歌手人生の原点となりました。
別れを受け入れながらもなお未練を残す女性の心理が丁寧につづられています。
そして叙情性を重視した三木たかしさんならではの旋律と、若山さんの抑揚を効かせた節回しが絶妙にマッチしているんですよね。
失恋の痛みを経験したことのある方なら、きっとこの曲に寄り添ってもらえるはずです。
女の人生待ったなし長保有紀

1985年6月にアポロンからリリースされたデビュー曲。
惚れた男性にすがる女性の姿を通して、恋に生きる女の覚悟と切なさが描かれています。
タイトルが示す通り、人生の限られた時間の中で逃せない恋の機会、その焦りと情熱が歌詞に込められているんですね。
長保有紀さんは本作でデビューを果たした後、1987年には全日本有線放送大賞新人賞を受賞。
その後も『しのび川』『惚の字傘』といったヒット曲を生み出し、1994年にはNHK紅白歌合戦への出場も果たしました。
男同士香田晋

作曲家船村徹さんの内弟子として3年間の修業をへて、1989年6月にリリースされた香田晋さんのデビューシングル。
作詞を星野哲郎さん、作曲を師匠の船村さんが手がけた本作は、男同士のきずなと義理人情を描いた硬派な演歌です。
第31回日本レコード大賞新人賞を受賞しました。
人間味あふれる歌声で、働く男たちの覚悟と友情を力強く歌い上げています。
演歌の王道を踏まえながらもフォーク的な語り口を感じさせる独特な歌唱スタイルが当時、強烈な印象を残しました。
昭和演歌の熱量を感じたい方にオススメです。
よこはま・たそがれ五木ひろし

五木ひろしは芸名を4回程変えていますので、五木ひろしとしてのデビューはヒット曲「よこはま・たそがれ」です。
彼のは全日本歌謡選手権のグランプリを獲得して、再デビューし、今日があります。
この全日本歌謡選手権は非常に厳しい審査で、たしか演歌嫌いの淡谷のり子先生も審査員で、演歌を歌う方は不利な条件を突破し勝ち抜くので、グランプリの方は皆、物凄い実力者ぞろいです。
風が吹く天童よしみ

天童よしみもあの全日本歌謡選手権の覇者です。
しかしながら、再デビューして売れるまでに10年かかっています。
只、16歳の頃に「吉田よしみ」として、誰でも聴いたことのある曲を歌っていますよね。
アニメ「いなかっぺ大将」の「大ちゃん数え唄/いなかっぺ大将」の歌唱は16歳とは思えない声量ですね。
女を忘れろ小林旭(カバー)

歌手としても長い歴史を持つ小林旭ですが、デビューはこの曲でした。
ご本人いわく、「当時は80万枚くらい売れた」とおっしゃっているようですが、おそらく違うと思います。
小林旭の歌手デビューきっかけは1957年に映画撮影の合間に小林が「木曽節」を歌い、周りが上手さに驚き、たちまち翌年には歌手デビューとなりました。
嫁にこないか新沼謙治

新沼謙治が歌手になるきっかけは、この時代のスターへの登竜門「スター誕生」ですが、予選で4回も落ち、5回目で合格した根性の持主です。
でも最後の決戦大会では男性では最高の17社が新沼謙治をスカウトしました。
東北訛りのやさしい感じが新しい、演歌アイドルを生み出しました。


