久保田利伸の名曲・人気曲
キング・オブ・Jソウルとも呼ばれるシンガーソングライター久保田利伸さんの楽曲をご紹介します。
久保田さんは『LA・LA・LA LOVE SONG』や『You were mine』などのR&Bやソウルを基調とした楽曲で多くのファンを魅了しています。
そんな久保田さんは非常に高い歌唱力が魅力ですが、音楽業界でのキャリアはキティミュージックに音楽プロデューサーとして契約したところから始まり、当時は若くして複数の有名アーティストに楽曲を提供していたそうですよ。
それでは日本でのブラックミュージックの知名度を上げるのに一役買った久保田利伸さんの楽曲をお聴きください。
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久保田利伸の名曲・人気曲(41〜50)
SOUL BANGIN’久保田利伸

Fusionの心地良いトラックにファンキーなボーカリストの先駆者久保田利伸の楽曲です。
美麗なメロディーラインに筋力トレーニングという土臭いシチュエーションでもオシャレなBarへと転換させることができるほど洗練されているため特に大人のトレーニングにはピッタリとハマるような楽曲となっています。
Wednesday Lounge久保田利伸

自他ともに認めるファンキーな性格な久保田利伸は、ソウルミュージック、R&B、J-POPなど数多くの音楽を手掛けており、20代前半には誰でも知っているアイドル(田原俊彦さん、中山美穂さん、小泉今日子さん・・etc)などに楽曲提供してきた方です。
本格的にご本人がデビューされたのは1986年、その後1993年には拠点をアメリカのマンハッタンに移したのですが、Wednesday Loungeは、その時水曜日は一番落ち着ける憩いの日だった事から(土・日は混雑するので)作られました。
お店の名は架空ですが、軽いノリがいかにもアメリカと久保田さんらしいです。
Because Of U久保田利伸

ファンキーなスタイルのボーカルとトラックセンスの良さによって絶大な支持を受けているアーティストとして知られている久保田利伸による癒やしソングです。
華やかなムードで誘い出してくれるオシャレさが七夕に聴きたいスタイリッシュな展開で心地よさを誘ってくれます。
夏の子午線久保田利伸
80年代以降、ブラックミュージックをベースに日本人として活動していたミュージシャンの中では一番の大物アーティスト、それが久保田利伸。
この曲は夏をテーマにしているロマンティックなバラードで、落ち着いて今聴くと本当に歌がうまい人ですね。
暑さをチルアウトしてくれますね。
Just The 2 Of Us久保田利伸

日本が誇る男性実力派シンガー久保田利伸のカバー曲です。
Soulの名曲をR&Bのテイストに落とし込みながら自身の持つファンクネスを融合させた名曲です。
現在でも多くのクラブでプレイされるなど色あせることなく時代を彩る名曲として語り継がれています。
LA・LA・LA LOVE SONG with NAOMI CAMPBELL久保田利伸

日本の音楽シーンに本格的なR&Bを根付かせた第一人者、久保田利伸さん。
その日本人離れしたグルーヴ感とソウルフルな歌声で、言葉にできないもどかしい恋心を鮮やかに描いた名曲です。
想いが通じ合った瞬間の、世界が輝き出すような高揚感を、弾むようなメロディに乗せて届けてくれますよね。
本作は、1996年5月に発売された16枚目のシングルで、社会現象にもなったドラマ『ロングバケーション』の主題歌としても知られています。
世界的モデルのナオミ・キャンベルさんとの共演も大きな話題となりました。
好きな人への気持ちをなかなか伝えられずにいる時、この曲がそっと背中を押してくれるのではないでしょうか。
恋が始まる瞬間の、あの特別なときめきを思い出させてくれる不朽のラブソングです。
FOREVER YOURS久保田利伸

アメリカのアリスン・ウイリアムズとのデュエット曲であり、1990年の年末に紅白歌合戦にニューヨークからの中継という形で出場しました。
紅白への出場は1回限りでしたが、アルバムの大ヒットや彼の音楽性への高い評価もあってのことでしょう。
この曲がシングルとして発売されたのは紅白での歌唱後、1991年3月。
最高18位でセールスは4.5万枚でした。



