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いくつ知ってる?一般向けの楽しく知れる歴史の雑学&豆知識

あなたは歴史の勉強が好きですか?

暗記が苦手で不得意という方もいれば、ハマりにハマって聖地めぐりもしているという方もいるかもしれませんね。

私は学生時代、人や争いが増え始める戦国時代、江戸時代あたりから頭がパンクしそうになっていました。

この記事では、一般向けの歴史に関する雑学&豆知識を紹介します。

さまざまな時代、そして日本だけでなく世界の歴史のエピソードも集めました。

教科書や授業ではなかなか取り上げないおもしろい内容もたくさんあるので、歴史が苦手な方も楽しめますよ!

ぜひ、チェックして会話のネタにしてみてくださいね。

いくつ知ってる?一般向けの楽しく知れる歴史の雑学&豆知識(11〜20)

教科書などでよく見る聖徳太子の絵は聖徳太子ではない

教科書などでよく見る聖徳太子の絵は聖徳太子ではない

聖徳太子といえば、十七条の憲法や冠位十二階の制定などの革新的な政治をした人物、その見た目といえば紙幣にもデザインされていた絵のイメージが強いですよね。

そんな聖徳太子は実在性が定かではなく、あの肖像画も別の人物のものではないかと言われています。

教科書に掲載された当初から誰の肖像画であるかははっきりとしておらず、天武天皇像ではないかなどさまざまな説が唱えられています。

どの時代に誰を描いたものなのか、それがわからなくなるほどに日本が長い歴史を歩んできたことを感じさせる内容ではないでしょうか。

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    エイブラハム・リンカーンの前職はプロレスラーだった

    エイブラハム・リンカーンの前職はプロレスラーだった

    元大統領のエイブラハム・リンカーンは、193センチという調真であることでも知られていますが、なんとプロレスラーとしての前歴も持つそう。

    21歳の時には群のチャンピオンになり、300戦で1敗しかしなかったそうです。

    ちなみにレスリングをしていたアメリカ大統領というのは複数存在し、ジョージ・ワシントン、セオドア・ルーズベルトなどもレスリングをしていました。

    大統領ともなると体力が必要だったのかもしれませんね。

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      徳川家康は健康オタクだった

      徳川家康は健康オタクだった

      江戸幕府を開いたことで有名な徳川家康は、実は戦国時代屈指の健康オタクとして知られています。

      当時の平均寿命がおよそ30歳から40歳だったなか、家康は75歳という驚異的な長寿を全うしました。

      その秘密は徹底した健康管理。

      食事は麦飯や野菜中心で、動物性脂肪やぜいたくな料理を避け、少食を守っていたと言われます。

      さらに薬草や漢方の知識にも通じ、自ら調合に関わるほどのこだわりよう。

      天下をとっただけでなく、自身の体も冷静にコントロールしていた家康は、まさに戦国時代の健康マネジメントの達人です。

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        日本で初めてペンネームを使ったのは紫式部

        日本で初めてペンネームを使ったのは紫式部

        文章を書いて広めるときに、本名とは異なるペンネームを名乗ることがありますよね。

        そんなペンネームをはじめて使ったのは、『源氏物語』の作者としておなじみの紫式部だといわれています。

        源氏物語に登場する紫の上と、父親の役職であった式部丞に由来するもので、作品への思い入れが感じられるペンネームですね。

        平安時代の女性の、本名を夫にしか明かさないという風習の中で作品を残そうとした、紫式部の強い意志が名前から感じられます。

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          縄文人は縄文土器でクッキーのようなものを作っていた

          縄文人は縄文土器でクッキーのようなものを作っていた

          縄文時代といえば、時代の名前の由来にもなっている縄文土器や狩りなどに使われた石器が象徴ですよね。

          鍋のような形をしたものから煮炊きをおこなっていたイメージが強いですが、それ以外にもさまざまな料理が作られていました。

          木の実が食べられていたことや、道具をすり潰す用途で使っていたことから、クッキーのようなものも縄文時代の代表的な料理だといえるでしょう。

          どんぐりなどの木の実を使っていたといわれていますが、獣肉も加えられていたという説があったりと、さまざまな形が推測されています。

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            吉田兼好はラブレターの代筆をしたことがある

            吉田兼好はラブレターの代筆をしたことがある

            鎌倉時代から南北朝時代にかけて活躍した歌人、吉田兼好を知っていますか?

            卜部兼好の別名や、徒然草の作者としても有名ですよね。

            そんな彼はよく周囲の人から恋文、現代でいうラブレターの代筆を頼まれていたそうです。

            ちなみに高官の高師直から代筆を依頼されたこともあったのですが、恋は実らず吉田兼好は理不尽に怒られてしまったといいます。

            いったい彼ほどの文豪がどんなラブレターをしたためていたのか、気になりますよね。

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              いくつ知ってる?一般向けの楽しく知れる歴史の雑学&豆知識(21〜30)

              ちょんまげは兜で頭が蒸れるから始まった

              ちょんまげは兜で頭が蒸れるから始まった

              武士の髪形であるちょんまげ。

              髪をそったり、結ったりと面倒くさそうですよね。

              どうして手間暇をかけてあんな形にしたのかというと、兜をかぶった際に頭が蒸れてしまうからなんですよ。

              その他の説には「冠の中に収めやすくするため」、「戦いの中でいつ死に直面しても、髪をそって出家できるように」という説があります。

              どれも信ぴょう性がありますね。

              ちなみに武士の中にはちょんまげにしていない人もおり、強制というわけではありませんでした。

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