RAG Musicにほんのうた
素敵な童謡・民謡・唱歌

AI レビュー検索

NEW!あなたにピッタリのレビューをAIが検索!

民謡 の検索結果(101〜110)

郡上節

郡上節 (郡上おどり) [かわさき] (ぐじょうぶし) 「岐阜県民謡」
郡上節

岐阜県郡上八幡を中心に歌い継がれる、郷愁を誘う民謡です。

その歴史は約400年前にさかのぼるといわれ、盆踊り唄として全国に知られています。

この楽曲は、故郷を旅立つ人の名残惜しい心境を歌ったもの。

雨も降らないのに別れの涙で袖が濡れてしまうという詩の情景に、思わず引き込まれてしまいますね。

大正時代に保存会が発足して以来、その温かい調べは地域の人々の手で大切に守られてきました。

都会で暮らすなかでふと故郷が恋しくなったとき、この切なくも美しい旋律が心に深く染み渡るかもしれません。

丹後・海の唄( 民謡をたずねて) 昭和60.3.24放送

丹後・海の唄( 民謡をたずねて) 昭和60.3.24放送
丹後・海の唄( 民謡をたずねて) 昭和60.3.24放送

NHK第一放送「民謡をたずねて」で放送された物が音源です。

曲は宮津アイヤ、溝尻大漁節、櫓漕ぎ唄、袖志海女唄、水かえ唄、機織り唄、間人さわぎです。

ギシギシと船を漕ぐ音、水面をかいてパシャっと跳ねる水の音が、まるで自分も船乗りの一員になったみたいです。

ちゆうちゆうけ(地搗唄)

ちゆうちゆうけ(地搗唄)熊本県民謡/編曲 藤井清水
ちゆうちゆうけ(地搗唄)

熊本の城下町を練り歩いているかのような、にぎやかで楽しい気分にさせてくれる作品です。

歌詞には熊本の方言が巧みに織り込まれ、熊本の情景を鮮やかに描き出しています。

三味線の音色とともに、地元の人々の温かい心意気や日々の暮らしの活気が伝わってきますね。

日本舞踊の教材としても親しまれている本作は、熊本の歴史や文化に思いをはせたいときや、明るく元気が出る邦楽を聴きたいときにピッタリではないでしょうか。

日本舞踊の発表会などで披露すれば、きっと会場全体が華やかな雰囲気に包まれ、観客も笑顔になることでしょう。

文字甚句佐藤寛一

「文字甚句」は、宮城県栗原郡栗駒村(現在の栗原市栗駒沼倉・栗駒松倉)の文字部落に伝わる民謡です。

この「文字甚句」と、「遠島甚句」「塩釜甚句」の3つが宮城県三大甚句と言われています。

唄う人が少なく消えて無くなってしまいそうな時もありましたが、地元の菅原信一さん一家が唄い踊りだし、文字甚句は再興されました。

竹田の子守唄

Lullaby of Takeda – 竹田の子守唄 / English translation traditional music
竹田の子守唄

京都、伏見の竹田地区で歌い継がれてきた、哀愁に満ちた子守唄です。

しかしその実態は、貧しさから子守奉公に出された少女たちの、過酷な日常と悲しみを歌ったものでした。

盆も正月もなく働き続けるつらさが、胸にせまるように伝わってきます。

この地域の歌が広く知られるきっかけは、住井すゑさん原作の舞台『橋のない川』の取材でした。

1971年にフォークグループ「赤い鳥」が取り上げ、1991年には川村かおりさんのカバーが約28万枚のセールスを記録するなど、世代をこえて歌い継がれています。

歌声の奥にある物語に耳を澄ませば、郷土に生きた人々の息づいが聴こえてくるかもしれませんね。

豊年こいこい節木谷有里

民謡 豊年こいこい(宮城県民謡) 木谷有里 きたにゆり みんよう ゆり音の会
豊年こいこい節木谷有里

『豊年こいこい節』は、門付け芸人が歌っていた『こいこい節』を編曲したものです。

大正の末期頃まで、春になると仙台近郊の農家へ豊年の祈願をして歩く門付け芸人の一団がいて、「豊年万作さっさとこいこい」と鉦や三味線でにぎやかにはやしながら歩いていたと伝えられています。

箱根馬子唄

箱根馬子唄 (はこねまごうた) 「神奈川県民謡」
箱根馬子唄

江戸時代の険しい箱根路を行き交う、馬子たちの力強い息づかいが伝わってくるような1曲です。

馬でも越せる箱根の山道と、渡ることがさらに困難だった大井川を対比させ、当時の旅の厳しさを歌い上げています。

この楽曲は、江戸時代に労働歌として自然発生的に広まった民謡です。

1901年作の唱歌『箱根八里』とはルーツが異なり、地域に深く根ざした本作は、その文化的な価値から箱根町に歌碑も建立されているのだとか。

昔の旅に思いをはせながら、日本の風土に触れたいときに聴いてみてはいかがでしょうか?

東雲節

【民謡講座】第3回 東雲節【熊本県民謡】
東雲節

明治の終わり頃、熊本の地で生まれたとされる本作には、社会の大きなうねりのなか、ひたむきに生きる人々の心の叫びが込められています。

歌詞には具体的な地名も登場し、苦しい状況でも自由を求めた女性たちの力強さや、風刺の効いた表現も感じられます。

照菊さんや浅草ゆめ子さん、和田弘とマヒナスターズなど、多くの歌い手によって歌い継がれてきた1曲。

困難を生き抜いた心意気に触れることで、生き抜く勇気が湧いてくるかもしれません。

淀川堤千本づき唄

「淀川堤千本づき唄」 大阪府民謡 cover 清紅
淀川堤千本づき唄

三味線の練習曲としてよく取り上げられる曲です。

「千本づき」というのは、盛り土を棒で何度も叩いて固める作業のことを言います。

淀川の改修で、この唄を歌いながらたくさんの人たちが作業をしたとも伝えられています。

豆ひき唄

「豆ひき唄」 山形県民謡 cover 清紅
豆ひき唄

「豆ひき唄」は作業唄で、畑から豆の茎を抜くときや、豆粒を鞘から打ち落とすときに唄われていました。

福島県伊達地方の「機織り唄」とも言われていますが、昭和25年に行われた東日本民謡大会で山形県の民謡家、斉藤桃菁さんが優勝し、現在では山形県の民謡とされています。

民謡 の検索結果(111〜120)

菊池川筏流し唄濱嵜邦穂

熊本県新民謡「菊池川筏流し唄」アカペラで歌っています。
菊池川筏流し唄濱嵜邦穂

「菊池川筏流し唄」は熊本県の新作民謡で、岩永清龍さんが作詞・作曲しました。

この唄は、岩永さんご自身が釣り人から聴いた昔話と、船頭さんから聴いた話を元にして作られたそうです。

今現在存在する民謡も、岩永さんの様にその土地の歴史を伝えたいと願う人の想いで作られたのかと思うと、感慨深いものがあります。

横山音頭

【大久保区納涼盆踊り】~伝統の横山音頭~大阪・熊取町!
横山音頭

熊取町で親しまれている盆踊り歌です。

浄瑠璃や歌舞伎を取り入れた歌で、歌詞には巡礼者の旅や別れの物語が織り込まれており、昔の人々の暮らしに思いをはせてしまいます。

伝承者の河合一良さんによって『河内音頭』の軽快な節回しが加えられるなど、時代とともに踊りやすいテンポへと変化してきた、この音頭。

伝統を守りながらも多くの人に楽しんでもらおうという温かい心が、本作の魅力になっているのかもしれません。

おいとこ節我妻桃也

江戸末の天保の頃、関東・東北地方を中心に俗曲「おいとこそうだよ」が広く唄われていました。

明治末~大正の頃東京で再び流行しましたがその後次第に忘れ去られ、宮城県にだけ「おいとこ節」として残りました。

元は余興踊りとして唄い踊られていましたが、後に酒席の踊り唄として盛んに唄われるようになりました。

魚貫草刈り唄

熊本民謡~「魚貫草刈り唄」
魚貫草刈り唄

熊本県天草諸島の魚貫埼の海域で行われるボラ網漁期の約2ヶ月の間、長崎県から仮住まいでやってくる漁師たちがいました。

村の娘と長崎からやってきた漁師の儚い恋を唄った民謡が、熊本県牛深市(現在の天草市)に伝わる「魚貫草刈り唄」です。

広島県民謡バイ流し

吾妻山山開での「広島県民謡バイ流し」
広島県民謡バイ流し

吾妻山にある夏山登山の安全を祈願する神事式にて行われる山開きで歌われる広島県民謡バイ流しは、比和牛供養田植の植拍子が原曲となったと言われています。

踊りは簡単なものなので地域の小学校などでのえんもくとしても使われることもあります。

大鞘節

肥後八代郡地方に伝わる民謡「大鞘節」は、「おざやぶし」と読みます。

文政2年に完成した「四百町新地」の干拓工事から生まれた「大鞘節」が、安政2年に築造された干拓地「八代新地地区」に伝わり、八代新地大鞘節として現在まで唄い継がれてきました。

弥三郎節

高橋脩次郎 弥三郎節 唄:福澤久雄 yasaburobusi takahasi shujiro
弥三郎節

江戸時代の終わり頃に歌われた民謡ですが、現代ではありえないほどの嫁いびりの唄!

歌詞は15番まであるといわれています。

「弥三郎の嫁はあかぎれで手が血だらけでも、油をつけさてもらえない」「おいしい牡丹餅をいただいても、嫁にはみつからないように隠して食べる」……あなたはどう感じるでしょうか?

十三浜甚句

品川きゅりあん春季民踊大会☆十三浜甚句☆品川すみれ会☆20160429
十三浜甚句

宮城県石巻市の太平洋上に浮かぶ島「金華山」の北部、桃生郡雄勝町の名振湾に面した十三浜地方に伝わる民謡『十三浜甚句』です。

この唄は、漁師が酒席の騒ぎ唄として歌っていたもの。

三陸沿岸一帯で知られる浜甚句の一種で、同じ宮城県の民謡『遠島甚句』などと兄弟の関係にあります。

山中節

山中節 (やまなかぶし) 「石川県民謡」
山中節

石川県山中温泉に古くから伝わる、旅情を誘う民謡です。

湯治客と浴衣姿の女性たちとの掛け合いから歌われ始めたとされ、哀愁ただようメロディのなかにも温かな交流の様子が目に浮かびます。

歌詞には、別れをおしむ気持ちや温泉街の風景が織り込まれており、聴く人の心に懐かしい情景を呼び起こすのではないでしょうか。

口伝えで歌い継がれてきた本作は、1970年の大阪万博で地元の芸妓連が舞踊とともに披露したことで、一躍全国に知られるようになりました。

日本の原風景に触れたい方や、旅先での出会いに思いをはせたい方にピッタリの1曲です。

徳之島民謡「どんどん節」

この民謡も、ソーラン節ほどでは無いですが、私でも知っているので世間に名が知れている有名なものです。

元々は明治時代に浪曲師が楽屋で和太鼓をどんどん叩いていたのが始まりとされています。

良い曲なので、おススメの民謡です。