広島の民謡・童謡・わらべうた。歌い継がれる故郷のこころ
広島県に伝わる民謡の特集です。
民謡はその土地に住む人たちの生活の営みから誕生し、今日まで受け継がれてきたものです。
特に広島県の民謡は本特集で調べてわかったことですが、他府県と比べると極めて多くの『音頭』と名の付く民謡が存在しており、盆踊りの映像などもたくさん見つけることができます。
きっと昔から広島県の人たちは地域伝承を歌や祭りで親しまれて楽しく歌い踊られてきたのかもしれません。
この記事では、広島県に昔から伝わる民謡をご紹介します。
民謡を聞きながら受け継がれている『音頭』というものに込められた意味を読み解いてもおもしろいですよね。
もくじ
広島の民謡・童謡・わらべうた。歌い継がれる故郷のこころ(1〜20)
ねんねこさっしゃりませ

中国地方の古い子守唄として知られる『ねんねこしゃっしゃりませ』。
原曲は岡山県あたりで歌われ受け継がれてきたそうです。
現在も歌い継がれているこの曲は、もともと声楽家で有名だった上野耐之さんが幼い頃にお母さんが歌ってくれていたこの曲を、西洋音楽のパイオニアといわれる山田耕筰さんに披露したのきっかけだったそうです。
そこから山田耕筰さんが編作し、美空ひばりさん、森山良子さん、岩崎宏美さん、夏川りみさんがカバーして歌い現代まで受け継がれてきました。
また中国地方のテレビの民放で、放送終了時にこの子守唄をながしていたそうですよ。
音戸の舟唄

船をこぐ音がひとつの伴奏のような『音戸の舟唄』。
この舟唄は広島県の瀬戸内海に面した呉市と倉橋島の間にある音戸の瀬戸を行き交う船頭たちにより長く歌い伝えられてきた舟歌です。
とくにこの舟歌は全国でも有名な舟歌の1つで江戸時代には多くの人によって歌われていたそうです。
それは日本三大舟唄のひとつにも選ばれるほど有名なんですよ。
歌詞は船頭泣かせな難所を歌っていて、激しい流れにカジをとられそうになるもがんばる様を表しているそうです。
緊張のなかに勇敢さがみえる舟歌なんですね。
亥の子の歌

東日本ではあまりなじみがないですが、西日本ではいの子の日にイノシシにみたてたお餅を作って食べる風習があります。
12カ月を干支で表すと旧暦10月がいの月といわれ、現代では11月をさします。
同じようにひと月の日も干支で表し最初のいの日をいの子といい、無病息災を祈ったり、イノシシのように子宝に恵まれるよう子孫繁栄を願う行事がおこなわれます。
そもそもは古代中国の無病息災を祈るいのこ祝からきているそうですよ。
なんと平安時代に日本に伝わったとても古い習わしなんですね。
また子供たちが家の前で地面をついて回る遊びの時に歌う歌としても歌い継がれてきました。
呉音頭

今もなお地域の盆踊りなどで親しまれている『呉音頭』。
日本人なら盆踊りはとてもなじみが深いですよね。
地域によって盆踊りもさまざまなんですが、聴いたことがない地域の音頭でもどことなくメロディーが似ていたりして、はじめて聴いても違和感がないところが日本人である魂を感じます。
そしてこの『呉音頭』もとは戦後に呉市が復興する最中に、音や踊りで街を盛り上げていこうという強い気持ちからつくられたと言われています。
現在ではこの曲をアレンジした『よっしゃこい祭』などもこどもたちに人気で、形をかえて受け継がれてもいるそうです。
木遣リ歌

労働歌のひとつである木遣りは、もともと作業中に歌われていたものが民謡として祭礼などでうたわれました。
この『木遣り歌』は、材木をひいたりする際に歌われていたものでしたが、その後船などを引く時のお祝い歌として変化したそうです。
広島では現在、秋祭りのお祝い歌として地域で受け継がれています。
また原曲がつくられた時代は分かっていませんが、伊勢音頭がベースとなっていてまさにお祝いの代名詞ソングでもあるんです。
この木遣りを聴いていると、しみじみと日本の心に触れられるそんな民謡です。
筆作りの唄

熊野町の伝統工芸品として有名な「熊野筆」。
毎年9月に行われる筆まつりで筆をもった女性たちが『筆作りの唄』で輪になって踊ります。
そもそもの始まりは1935年村社の榊山神社にて、日本一の筆の生産地にした先人たちの労苦に感謝し、そしてますますの発展を願って祭りが行われるようになったというものだそうです。
そして今も変わらずに同じ場所で同じ行事が受け継がれています。
そんな熊野の人たちが今も大切に愛しているのが『筆作りの唄』で、ソウルソングなんだと思います。