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民謡 の検索結果(121〜130)
さんさ時雨鈴木三重子

「さんさ時雨」は宮城県に伝わる古い民謡です。
結婚式や新築祝いなどのおめでたい席で歌われる祝い歌として現代まで歌い継がれています。
この曲は1589年に伊達軍が摺上原の戦いで大勝した後に、伊達軍の将兵によって作られ、歌われたとされています。
さんさ時雨吉沢浩

宮城県仙台市を中心に、岩手県水沢市、山形県東部、福島県相馬市から会津地方まで広く親しまれている民謡『さんさ時雨』です。
日本民謡の中で最も格調高い唄の一つとされていて、伊達一族の亘理五郎重宗が詠んだ「音もせで 茅野の夜の時雨きて 袖にさんさと降りかかるらむ」という歌を、伊達政宗が『さんさ時雨』に作り替え兵士たちに歌わせたことが始まりと言われています。
ソーラン節佐藤美恵子

運動会や文化祭などでも人気の『ソーラン節』、多くの人が耳にしたであろう日本でももっとも人気の高い民謡です。
その歌の中身は歌詞の通りの漁師の歌で、北海道でのニシン漁の時に歌われた舟歌です。
当時ニシン漁で大もうけを狙う漁師たちのにぎわいでこの歌も大いに盛り上がったそうです。
そんな勢いのある楽曲だからこそ、現代でも強く伝承されたのかもしれませんね。
たくさんの歌い方やアレンジがありますので、聴き比べて楽しむのはいかがでしょうか。
置賜酒屋米とぎ唄

置賜地方の酒蔵で、米を研ぐ作業唄として歌い継がれてきた楽曲です。
単調な仕事にリズムを生む掛け声からは、仲間と息を合わせる蔵人たちの活気が伝わってきます。
この口承歌は、江村貞一さんの歌唱で1972年にレコード化された音源が残っており、近年では猪股崇さんのアルバム『山形民謡編 第3集』でも聴くことができます。
民謡の調べにひたりつつ、日本酒を片手に、その一杯に込められた造り手たちの歴史に思いをはせてみるのもオススメですよ。
串本節音丸

本州の最南端和歌山県の港町、串本で唄われて来たお座敷唄です。
串本沖にある大島は現在、橋で本州と結ばれていますが、昔は船によって往来していました。
お座敷唄ですから三味線が伴奏で、その曲調は小唄のような感じです。
南部馬方節玉山ツヤ子

草刈りを終えて帰宅する際に農民が歌っていたと言われる歌です。
ゆったりとした曲調であり、仕事が終って一息ついている様子が目に浮かびます。
なお、この手の民謡は他の地方では「馬子節」と言われることが多いのですが、岩手では「馬方節」と呼ばれます。
行きゅんにゃかな節島唄

愛する人との別れを歌った、切なくも美しい奄美の伝統的な調べの1曲。
故郷や家族への深い思い、そして夜も眠れないほどの切実な感情が、聴く者の胸にせまります。
元ちとせさんやNHK大河ドラマ『西郷どん』のテーマを歌唱した里アンナさんをはじめ、島唄を愛する多くのアーティストによって歌い継がれ、世代をこえて愛される本作は、奄美の心を今に伝えるかけがえのない名曲といえるでしょう。
大切な人を思う夜や、故郷に思いをはせるひとときのBGMにも最適です。
秋田酒屋唄

酒造りの工程別によってそれぞれ唄があり、特に、酒造り職人たちが「もと」(酒母)を摺る「もと摺り」の時に、調子を合わせるため歌いながら作業していたと言われています。
酒造りの工程によりテンポが異なるのがおもしろいところで、お酒の席で歌われることも多いようです。
南部荷方節

新潟の祝い唄を起源に持つとされる、おおらかで軽快な曲調が魅力の民謡。
荷物を運ぶという労働を担う人々への賛歌として歌われてきました。
厳しい労働のなかに喜びや祝意を見出す、人々のたくましさが伝わってきますよね。
この楽曲は、小山貢さんのアルバム『津軽三味線小山貢民謡集第一集』や、高橋祐次郎さん、澤田勝秋さんが編曲を手掛けたアルバム『奥のよりみち』に収録されています。
地域の魂として今に歌い継がれる本作は、青森の風土に根差した祝いの心に触れたいときにピッタリの1曲です。
豊年節日高三郎

タイトルから、想像すれば豊作を願うもしくは祝う唄なのかと思いましたが、これもまた深い歴史も物語った唄で、今から400年程前は奄美は薩摩の支配下に置かれ、食べる物も、おかゆなどをすすり、飢えをしのいでおり、薩摩の船が見えると、米や食料が供給されるので、これで飢えに苦しまなくて済むという状況下におかれながらも島民の喜びを表現しているのですが、どこか物悲しいです。
民謡 の検索結果(131〜140)
草切り節日高孝子

民謡によくある畑での仕事唄や労働唄かと思ったのですが、何やら男女が楽しそうに畑仕事している雰囲気がありますね。
昔は好き合っても家柄などの身分の違いで簡単には結婚どころか付き合うこともままならない時代に、こうして畑仕事としてデートを楽しんでいたそうです。
五木の子守唄Keiko Ueda

熊本県球磨郡五木村に古くから伝わる子守唄で、県を代表する民謡としても知られています。
この動画では、現在流にアレンジして披露しているので、その細かな奥行なども感じ取る事ができます。
ピアノと民謡の融合が楽しめます。
宇目の子守唄菊太郎

かつて大分県に存在し、現在は佐伯市の一部になっている宇目町に伝わっている民謡です。
寝ている子どもは可愛いものの、泣いている子どもは憎らしく思えるという親の心情が歌われています。
「宇目の歌げんか」とも呼ばれます。
津軽山唄(西通り)成田雲竹

津軽の西の地域で歌われていた祝い唄が元となった津軽山唄の秀逸な楽曲です。
自然豊かな津軽の景色を丁寧に歌い上げた一曲に、目を閉じれば山々の間で生き抜く人々の息遣いが聴こえてきそうです。
同じ民謡でも歌い手や演奏によって違った味わいがあるのがすばらしいです。
森へ行きましょうポーランド民謡

「森へ行きましょう」は、ポーランド民謡「Sz?a dzieweczka」(シュワ・ジェヴェチカ)を原曲とする日本の歌です。
東大音感合唱団のメンバーが日本語の歌詞をつけて「森へ行きましょう」として日本へ紹介した後、NHK「みんなのうた」で初回放送され、子どもから大人まで人気のポーランド民謡として定着しました。
デカンショ節土取利行

兵庫県の丹波篠山市を中心に伝わっている民謡、『デカンショ節』。
盆踊りの際に歌われるこの民謡ですが、この曲が広がった明治時代は、学生の集会やお祝い事の時に歌われる「学生歌」として歌われました。
それゆえにたくさんの解釈や歌い回しがあり、「デカンショ」という言葉の意味もいくつかの節があります。
時代背景も面白いですが、楽曲の中でも「デッカンショ」という不思議な響きの掛け声が気持ちよく、この民謡の魅力を引き出しています。
とらじょさま清野明子

歌詞を見れば一目瞭然ですが、この歌も「ナニャドヤラ」が元となっています。
陽気な曲調で、いかにも盆踊りらしい歌と言えるでしょう。
歌詞の中に女性の名前が出てきますが、実在の人物であり、美人で評判だったそうです。
赤田風節

その昔、ある夫婦がおり、妻は仕事を見つけましたが、未婚の女性に限るという条件があったため、自分は未婚であるとうそをついて仕事を受けました。
その先で妻は国王の目に止まり御側女の一人となりました。
夫はそのことを知り、今さら既婚だったことを言い出せず、赤田門から内原へ忍び込み内緒で会っていたそうです。
ですが、じきにそうして会うこともできなくなり、夫が妻への思いを歌ったというのがこの歌だそうです。
やるせない愛が歌われた古代のラブソングといえるでしょう。
丹後ちりめん小唄

京都北部の丹後地方で作られている後染め織物・丹後ちりめんの宣伝のために作られた『丹後ちりめん小唄』。
宣伝ということもあり、とにかく「丹後ちりめんはすごくいいものなんだよ、だからかわいらしいステキな人やこれから嫁いでいく人にプレゼントしてあげてね」という思いが歌われています。
お座敷唄としても知られているだけでなく、お祭りではこの曲を使った踊りが踊られることもあります。
丹後に訪れた際は、丹後ちりめんの着物や浴衣を着て『丹後ちりめん小唄』で踊ってみてはいかがですか!
津軽じょんがら節金沢明子

日本の民謡の中でも知名度の高いことで知られる『津軽じょんがら節』。
津軽三味線の手数の多い演奏は、世界的な人気もある、日本が世界に誇る伝統的な民謡と言えるでしょう。
しかしながらこの歌の中身はかなりストーリーが深く、戦国時代、慶長二年にまでさかのぼります。
一説では、この民謡のタイトルになった青森県にいた「じょうえん」という和尚の死を思って作られた歌として伝わっています。
音楽とともにストーリーを楽しんでみるのもいいと思います!

