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昭和懐かしい の検索結果(161〜170)
昭和44年アメリカのあるロケットが、人類で初めて月に着陸しました。ロケットの名前は何というでしょうか?
昭和44年に人類初の月面着陸を成功させたアメリカのロケットといえば、「アポロ11号」ですよね!
ケネディ宇宙センターから打ち上げられた宇宙船に乗船した3名の顔写真や、ニール・アームストロング船長が月に残した人類初の足跡の写真を見て、当時の盛り上がりを思い出される方もいらっしゃるかもしれませんね。
クイズをきっかけに、多くの人に夢を与えてくれた歴史的快挙を思い出しながら、昔話に花を咲かせるのもよいのではないでしょうか?
富士写真フイルム フジカラープリント「そうでない方は…それなりに写ります」

樹木希林と言えば思い出すのはフジカラーのCM。
長く続いているシリーズCMです。
こちらは1980年に放映されていたもの。
お見合い写真のプリントを出しに来た女性と店員の掛け合いがおもしろく「美しい方はより美しく、そうでない方はそれなりに」というセリフがコミカルで印象的です。
短いコントを見ているかのような楽しいCMですよね。
武内宿禰 一円券
一円札が存在した!
武内宿禰一円券をご紹介します。
現在、千円以下は硬貨が発行されていますが、昭和の時代には「一円券」というものが発行されていました。
発行は昭和18年にあたる1943年の12月15日からで、昭和33年にあたる1958年の10月1日に支払停止されているようです。
武内宿禰は、記紀に伝わる古代日本の人物であり、読み方は「たけしうちのすくね」または「たけうちのすくね」といわれています。
記憶にある方もいるかもしれませんね。
全国の日中の街中で、歩く姿をよく見かけた動物とは何でしょうか?
現在ではあまり見かけなくなりましたが、日本中のあちこちに野生化した犬、野良犬がたくさんいました。
街中を歩きまわっている姿も、珍しい光景ではなっかったようです。
理由としては保健所が積極的に保護し、多くの野良犬を殺処分した経緯がありますよ。
ポカリスエット
水分補給に欠かせないものというイメージが強いポカリスエット、その効果に助けられたという人も多いかと思います。
そんなポカリスエットが登場したのは1980年ということで、昭和から長く愛され続けている飲み物ですよね。
「飲む点滴」というコンセプトで作られ、失われた水分だけでなく、同時に失われたイオンまでも補給が可能という、すぐれた効果を持っています。
他の企業からもさまざまなスポーツドリンクが発売されていますが、歩んできた歴史の分、より安心感がある飲料ではないでしょうか。
王将
3つの味が楽しめる!
王将をご紹介します。
センタンアイスクリームで知られる林一二株式会社は、19621年から『王将』の発売を開始したそうです。
大阪に本社を置いていることもあってか、関西圏にお住まいの方にはなじみ深いアイスクリームなのでは。
『あいすもなか王将』には1つのもなかに3つの味が入っており、イチゴ味やバナナ味、チョコ味と種類が豊富で食べ進めるのが楽しそうですよね。
仲間たちや家族と分け合った思い出のある方もいるのではないでしょうか?
ラブ友
@sho4nomamade 平成女子がときめく大人の図鑑シールがやばい #平成レトロ#たまごっち
♬ Go!!! – FLOW
「ラブ友」という言葉は大切な友達との絆を可愛らしく表す流行語として浸透しました。
その背景には、当時のポップでカラフルなデザイン文化がありました。
その魅力は、友情を“可愛い言葉”で表現できること。
「親友」や「仲良し」ではなく、ラブ(愛)を込めて呼ぶことで、より強い絆や特別感を演出しました。
ハートやネオンカラーで彩られた「ラブ友」の文字は、ノスタルジーと同時にポジティブなエネルギーを放ち、平成時代のキラキラ感を鮮やかによみがえらせてくれるのです。
昭和59年に、ある動物がオーストラリアからやってきました。現在も人気の、ある動物とは何でしょうか?
動物園は日本に生息していない生き物や、野生で見ることのない生き物がみられることも魅力ですよね。
日本にはじめてやってくる動物はニュースでも取り上げられ、昭和59年にもある動物が注目されました。
オーストラリアから友好親善の使節としてやってきたその動物はなんだったでしょうか。
オーストラリアから来たことが大きなヒントですね。
答えは「コアラ」で、6匹のコアラが東京の多摩動物公園と名古屋の東山動物園、鹿児島の平川動物公園で公開されました。
ポン菓子屋

昭和時代は移動式ポン菓子屋が愛されていましたね。
今でいうストリートパフォーマンスの一種で、自分で生米と砂糖を持参すれば、その場でポン菓子を作ってくれるんですよ。
ボン!
という大きな音やその香ばしい香りに子供の頃、胸をおどおらせていた方もおられるでしょう。
現在は移動式ポン菓子屋を見ることは少なくなりましたが、ポン菓子はいまだに愛され続けています。
久しぶりに買ってみると懐かしくなり、昔のポン菓子との味くらべも楽しめるのではないでしょうか。
近年の固定電話や携帯電話にはない強みを持つ黒電話。どのような特徴があるのでしょうか?
ダイヤルをぐるぐる回して電話をかける、黒電話。
高齢者の方は、実際おうちで使っていたという方も多いのではないでしょうか。
そんな黒電話には、現在の固定電話やケータイ、スマホにはないある特徴がありました。
ヒントは、固定電話やケータイにはなくてはならないもので、ないとそもそもこれらは使えないものです。
その答えはずばり、電源、コンセントがない!
固定電話はコンセントから電気を送ってもらわなければ動きませんし、ケータイやスマホも充電器で電気を供給して充電しないと使えません。
ですが、黒電話は電話回線からのみで動いているので、停電しても使えちゃうんですよ!
昭和懐かしい の検索結果(171〜180)
アジアで初めて開催された、東京オリンピックは昭和何年のことでしょうか?
日本の選手が大活躍をした、昭和39年におこなわれた東京オリンピック。
このオリンピックは、アジアで初めて開催されたオリンピックでもあります。
当時陸上の選手だった、坂井義則さんが聖火の最終ランナーをつとめましたよ。
しかし坂井義則さんは、オリンピックの代表候補とされていましたが、最終的には落選してしまったそうです。
聖火の最終ランナーに選ばれた理由は、広島に原爆が投下された1945年8月6日生まれのためだったそうです。
原爆犠牲者への、追悼と世界平和の願いが込められていますよ。
トヨタ自動車 トヨタカローラFX

1987年のトヨタカローラFXのCMソングです。
AOR系シンガーのジーン・ミラーとデボラ・ディヴィスのデュエットソングになっています。
アナログシンセの音が昔懐かしい、80年代らしいサウンドと、ポエマチックな語りなども入るメロウなナンバーです。
ジーン・ミラーは山下達郎の英語カバーなどもリリースしていました。
V.I.Pチョコレート

生クリーム入りの高級チョコレート菓子として人気を博した「V.I.Pチョコレート」。
ドレスに身を包んだ工藤静香さんが登場するCMも印象的でしたね。
価格は200円ほどで、子供のおやつにしては高い印象です。
しかし現在ではめずらしくない生クリーム入りのチョコレートって当時はほとんどなく、こちらはとても画期的な商品だったんですね。
板チョコといえばV.I.Pチョコレート!
という昭和世代の方も多いはず。
復刻してほしい商品の一つですよね。
トヨタ カローラ
日本の大衆車の代名詞といえる「カローラ」は、1966年に初代モデルが発表されました。
一足先に発表された日産「サニー」の対抗馬として、1リッターエンジンが主流だった時代に「プラス100ccの余裕」をコピーにトヨタが売り出した車でした。
それまでの小型車の簡素で実用的な印象に一線を画す、低価格でありながらも優れた運動性能と快適性を備えたカローラは多くに支持を集めます。
その後もトヨタの看板車種として販売され、2021年には世界累計販売台数5000万台を達成したそうです。
スズキ アルト
「アルト47万円」のキャッチコピーで軽自動車の歴史を切り拓いたスズキ「アルト」は、1979年に初代モデルが登場。
物品税が非課税となる「商用車」のメリットを活かし、「実質前席2人乗り軽乗用車として機能する軽商用車」という設定、装備のシンプルさと徹底したコストダウンを追求し、新車としては衝撃的な「47万円」という価格で販売されました。
1987年には、ハイパワー軽自動車の先駆けとなる「アルトワークス」が登場。
当時の軽自動車では異例のターボチャージャーとインタークーラーを搭載したDOHCエンジンの車でした。
ダッコちゃん

黒いビニール製のウィンクしたお人形を、腕にぶら下げる女性の姿が当時は多くみられたそうです。
昭和35年に販売されたダッコちゃんは、当初は木のぼりウィンキーや、黒ん坊ブラちゃんといった名前で売り出されました。
ウィンキーという名前は、ウィンクしている表情からきているそうですよ。
ダッコちゃんは両手足が輪状になっていて、腕などに抱きつくようにぶら下げられます。
若い女性を中心にブームになりましたが、その後アメリカから黒人の方への蔑視にあたると批判がでたことから、製造中止となったそうです。
ですが、2000年に少しフォルムを変えて、ダッコちゃんは復活しました。
卓袱台
昭和の家庭の風景を思い出させる家具として知られているのが、卓袱台です。
床に座って食事する生活スタイルに合わせて使われていた低いテーブルで、家族が集まる場所として親しまれてきました。
食事の時間には家族が卓袱台を囲み、会話を楽しみながらご飯を食べる光景が多くの家庭で見られました。
折りたたみ式の脚を持つものも多く、使わない時には片付けられるなど、日本の住まいにあった工夫も特徴の1つです。
家族団らんの思い出と結びつく懐かしい生活用品の1つと言えるでしょう。
マツダ ファミリア

「ファミリア」は1963年から2003年まで販売していたマツダの小型乗用車で、長年マツダの主力車種の座を担っていました。
1980年に発売された5代目は特に若い人たちから熱狂的な支持を受け、「赤いファミリア」でルーフキャリアにサーフボードを載せるスタイルが「陸サーファー」という流行語を生むなど、一世を風靡しましたね。
売れに売れたこの車は、発売から2年3カ月で100万台を達成、王者「カローラ」の販売台数を上回る月もあったそうです。
トヨタ センチュリー

「センチュリー」は1967年から製造・販売しているトヨタの最高級乗用車です。
センチュリーという名称は、初代モデルが発表された年が「明治100年」にあたり、またトヨタの創始者の生誕100年であることに由来しているそうです。
官公庁の公用車、企業の社用車といえば「センチュリー」、天皇陛下が使用される御料車も現在はこの車ですね。
無駄を徹底的に排除し、効率的に生産する「トヨタ生産方式」とは真逆の職人による手間と技術で作られています。
石丸電気

昭和の時代に秋葉原を中心とした関東で営業されていた家電量販店の石丸電気のCMです。
店舗がなかった他の地方の方も、CM最後に流れる「でっかいわ」のナレーションは聴いたことがあるという方もいるかもしれません。
2009年にエイデンに吸収合併された後、2012年にはエディオンにブランドが統合され会社名がなくなってしまいました。
1986年に放送されていたCMでは、石丸電気の中で大人も子供も楽しそうに買い物をする、活気にあふれた様子が流れています。
オリジナルのCMソングは、明るくなごやかな耳に残る特徴的なメロディーで展開されます。

