【洋楽】レディ・ソウルのすすめ。素晴らしき女性ソウル・シンガー
アフリカ系アメリカ人が生み出したゴスペル、そしてブルースから発展した形で生まれたソウル・ミュージックというジャンルの中でも、最も偉大なシンガーの一人であるアレサ・フランクリンさんの名盤のタイトル通りに、女性シンガーのソウル・ミュージックを「レディ・ソウル」として親しまれているソウル好きは多いです。
今回の記事では、そんな女性のソウル歌手をテーマとして、一度は聴いておきたい海外の女性ソウル・シンガーを大特集!
ジャンルをまたがった音楽性のアーティストも多く、厳密に定義するのは難しいのですが、著名なソウル・シンガーを中心としてネオ・ソウルや00年代以降のシンガーも含めた幅広いラインアップでお届けします。
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【洋楽】レディ・ソウルのすすめ。素晴らしき女性ソウル・シンガー(1〜10)
Tonight is the NightBetty Wright

地元フロリダ州マイアミに拠点を置いた活動を続けたベティ・ライトさんは、「マイマミ・ソウルの女王」とも呼ばれるシンガーソングライターです。
1953年生まれ、なんと2歳にしてザ・エコーズ・オブ・ジョイという家族で結成したゴスペル・グループに参加、1968年には14歳でソロ・アルバム『My First Time Around』でデビューを果たすといった早熟な才能を発揮、2020年にガンで亡くなってしまうまで生涯現役のミュージシャンとして50年に及ぶキャリアを積み上げたベティさんは、後続のアーティストたちにも大きな影響を与えた存在なのですね。
17歳の時に発表したヒット曲『Clean Up Woman』は後のヒップホップ世代のアーティストが好んでサンプリングに用いたことでも知られており、日本ではあの小沢健二さんの大ヒット曲『ラブリー』で引用されていますね。
2011年には生バンドのヒップホップ・グループとして知られているザ・ルーツとのコラボレーション作品『Betty Wright: The Movie』をリリースしており、歌唱だけではなくプロデューサーとしても積極的に関わるなど、多彩な才能を発揮しています。
そもそもベティさんは裏方としての活動でも音楽界に多大なる貢献を果たし、あのジョス・ストーンさんのプロデュースを務めたことも含めて、若手の育成にも力を注いでいた方なのですよ。
もちろん、ソウル・シンガーとしての才能も間違いないものですから、まずは1978年にリリースされてヒットを記録した『Live』を聴いて、マイアミ・ソウルの何たるかを体験してみてはいかがでしょうか。
You Don’t Have to Say You Love MeDusty Springfield

1939年生まれ、1999年にこの世を去ったダスティ・スプリングフィールドさんは、まさに20世紀を駆け抜けたイギリスの偉大なシンガーです。
ロンドン生まれの彼女は1960年にお兄さんたちと一緒にザ・スプリングフィールズというグループを結成するも、1963年には脱退してソロ・デビューを果たしています。
同年のデビュー曲『I Only Want To Be With You』は全英チャート4位をマークしただけでなく、アメリカでもヒットを記録して一躍ダスティさんをトップスターへと押し上げました。
日本では『二人だけのデート』という邦題でも知られており、後にアイドル的な人気を誇ったベイ・シティ・ローラーズがカバーしてリバイバル・ヒットを飛ばしましたから、聴けばすぐに「あの曲か」と分かるはずです。
ポップスのフィールドで成功したダスティさんですが、グループ時代にアメリカを訪れた際に触れたモータウン・サウンドに多大なる影響を受けており、圧倒的な声量を持つタイプとはまた違ったホワイト・ソウルのキュートな歌声を持つ彼女の本場アメリカのソウルへの傾倒は1969年に発表された名盤『Dusty in Memphis』にて実を結ぶのです。
残念ながら商業的な成功には恵まれなかったのですが、後年多くの評論家やアーティスト、音楽ファンからの再評価が進んだ作品なのですね。
ダスティさん自身は80年代にペット・ショップ・ボーイズとの共演作でキャリアを復活させますが、冒頭で述べたように1999年に惜しくもこの世を去ってしまいました。
Smooth OperatorSade

SADEを知らない方に誤解を生まないように説明すると、SADEとはバンド名であり、本稿で取り上げているのはそのボーカリストであるシャーデー・アデュさんです。
ナイジェリア出身というルーツを持ち、幼い頃にイギリスへ移住して学生時代は服飾デザインを学んでいたのだそうです。
1983年にシャーデーのメンバーたちと出会いバンドを結成、翌年にリリースされたデビュー・アルバム『Diamond Life』は全英チャート2位を記録、アメリカでも5位をマークして最終的には世界中で1,000万枚という売り上げを記録するモンスター・アルバムとなりました。
翌年には早くもセカンド・アルバム『Promise』をリリース、こちらも爆発的なヒットを記録しています。
1990年代以降はリリースのペースは目に見えて落ちていくのですが、寡作ながらも発表される作品はどれも突出して高品質なものばかりです。
ソウルやジャズ、レゲエなどさまざまな要素をブレンドさせながらも音数を控えめとしたアンサンブルは実に上品でエレガントなのですね。
そんなサウンドの中で、アデュさんの歌声はどこまでもスモーキーで美しく、モデルの経験もあるという美貌も相まって非常にミステリアスな雰囲気は他にはない魅力を放ちます。
80年代当時は、日本でもオシャレなサウンドとして重宝されたというのも納得の一言。
若い音楽ファンであれば、洗練を極めたサウンドに新鮮な魅力を感じ取るのではないでしょうか。
【洋楽】レディ・ソウルのすすめ。素晴らしき女性ソウル・シンガー(11〜20)
LovergirlTeena Marie

ソウル・ミュージックは黒人音楽であり、有名なシンガーも基本的にアフリカ系アメリカ人が多いのは当然ですが、本稿の主役であるティーナ・マリーさんは、白人のソウルの総称である「ブルー・アイド・ソウル」の代表的なシンガーソングライターであり、黒人コミュニティの中で熱狂的な支持を得た稀有な存在です。
1956年にカリフォルニア州のサンタモニカで生まれた彼女は、1976年にソウル系の名門中の名門レーベルであるモータウンと異例の契約を果たし、ソウル~ファンク・ミュージシャンとしての圧倒的な実力を武器として、あのリック・ジェイムスさんがプロデュースを買って出るというエピソードもあるほどなのですよ。
その後も順調にキャリアを積み上げていった彼女ですが、レーベルとの契約上の問題で裁判沙汰となってしまいます。
そこでティナさんはレーベルと全面的に戦って勝訴、アーティストの地位向上にも貢献したということも見逃せません。
レーベル移籍後の1984年には、ロックとファンクの架け橋のような名曲『Lovergirl』を大ヒットさせています。
そんなティナさんはヒップホップ勢から再評価を得て、10年ぶりにリリースした2004年のアルバム『La Dona』は全米チャート6位を記録、新たな黄金期の幕開けとなりました。
2010年に突然の死を迎えるまで、現役のミュージシャンとしてライブ活動を続けていた彼女は、肌の色などは関係なく多くのアーティストたちの尊敬の的となっているのです。
I’m Every WomanChaka Khan

1980年代以降におけるソウル~R&B、ダンス・ミュージック界の女王チャカ・カーンさん。
1953年にアメリカはイリノイ州シカゴにて生まれたチャカさんは、11歳にしてボーカル・ユニットを結成するという早熟な才能を持ち、ソウルはもちろんジャズからの影響を色濃く受け継いだ歌唱スタイルで1973年には人種混合のファンク・バンドである「ルーファス」のボーカリストとしてデビューを果たし、スティーヴィー・ワンダーさんが提供した『Tell Me Something Good』をヒットさせます。
グループとしての活動中の1978年にはソロ・デビューを果たし、ホイットニー・ヒューストンさんのカバー・バージョンでも有名な楽曲『I’m Every Woman』をデビュー曲として発表。
ルーファスが1982年に解散後はソロ活動に専念、ラッパーのメリー・メルさんを迎えて早くからヒップホップの要素を取り入れたプリンスさんのカバー曲『I Feel for You』を1984年にリリースして大ヒットを記録します。
ソロ・アーティストとしての40年以上に及ぶキャリアの中で、ヒットを連発した80年代のイメージが強い方も多いかもしれませんが、むしろ2000年代以降の活動に目を向けていただきたいですね。
衰えを知らないソウルフルなハイトーン・ボーカルは健在で、2019年には完全なオリジナル・アルバム『Hello Happiness』をリリースしており、現代的なクラブ・ミュージックと見事な融合を果たしています。
ホイットニー・ヒューストンさんやメアリー・J・ブライジさんなど、多くのシンガーに影響を与えたソウル・ディーバの変わらぬソウル、ファンクネスをぜひ味わってみてください!
Love HangoverDiana Ross

ソウル・シンガーとしての才能はもちろん、ポップスのフィールドで大きな成功を収めたダイアナ・ロスさん。
1944年にミシガン州デトロイトで生まれたダイアナさんは、ハイスクール時代の1959年にザ・プライメッツを結成、その後改名して1961年に名門レーベルのモータウンと契約を果たしたザ・スプリームスは、アフリカ系アメリカン人のグループとして大人気を博しました。
『愛はどこへ行ったの』や『恋はあせらず』『ストップ・イン・ザ・ネイム・オブ・ラヴ』といった歴史に残る名曲の数々は、日本でも多くのアーティストがカバーしているスタンダードナンバーとなっていますよね。
1970年にダイアナさんはグループを脱退、ソロ・シンガーとして同年のデビュー・シングル『Ain’t No Mountain High Enough』が全米チャート1位を記録するなど、グループ時代と変わらない成功を収め続けます。
ダイアナさんは女優としても高い評価を得ており、女優として初出演、初主演となった1971年のビリー・ホリディさんの伝記映画『ビリー・ホリディ物語/奇妙な果実』でゴールデングローブ賞新人賞を受賞しました。
1990年代以降は目立った音楽活動はしていないダイアナさんですが、スプリームス時代を含めて彼女が歌った名曲の数々は、その多くが大ヒットして今も愛され続けている楽曲ばかりです。
伸びやかな美声は聴いていて疲れませんし、あまりソウル・ミュージックを聴いたことがないという方でも心地良く聴けるでしょう。
Saving All My Love For YouWhitney Houston

ホイットニー・ヒューストンさんは世界的に最も有名な女性シンガーの1人として1980年代から1990年代にかけて記録的なセールスを連発、音楽史にその名を残すシンガー兼女優です。
あまりにも有名な初主演映画『ボディーガード』の主題歌『I Will Always Love You』に代表されるように、ここ日本においてもあまり洋楽を聴かない層にまで彼女の歌声は浸透しているといっても過言ではないでしょう。
そんなホイットニーさんは有名なゴスペ ル・グループのメンバーを母親に持ち、偉大なポップ・シンガーのディオンヌ・ワーウィックさんが従姉妹という、まさに音楽家としての名門一家のもとに生まれ、天才シンガーとしての運命はその時点で決定付けられていたのかもしれませんね。
幼少期から聖歌隊などを通じてゴスペルを学びつつ、17歳には抜群のスタイルを生かしてプロのファッション・モデルを経験。
1983年にレーベル契約を果たし、1985年にリリースされたデビュー・アルバム『そよ風の贈りもの』が大ヒット、21歳の若さでグラミー賞受賞という栄誉を成し遂げ、以降の輝かしいキャリアを歩み始めるのです。
プライベートではトラブルも多く、晩年はゴシップ的な話題も多かったホイットニーさんですが、彼女が生み出した素晴らしい作品の価値が汚されるわけではありません。
『I Will Always Love You』しか知らないという方であれば、まずはベスト盤などでホイットニーさんの音楽を聴いていただいて、80年代や00年代の作品などにも手を伸ばしてみてはいかがでしょうか。


