【洋楽】レディ・ソウルのすすめ。素晴らしき女性ソウル・シンガー
アフリカ系アメリカ人が生み出したゴスペル、そしてブルースから発展した形で生まれたソウル・ミュージックというジャンルの中でも、最も偉大なシンガーの一人であるアレサ・フランクリンさんの名盤のタイトル通りに、女性シンガーのソウル・ミュージックを「レディ・ソウル」として親しまれているソウル好きは多いです。
今回の記事では、そんな女性のソウル歌手をテーマとして、一度は聴いておきたい海外の女性ソウル・シンガーを大特集!
ジャンルをまたがった音楽性のアーティストも多く、厳密に定義するのは難しいのですが、著名なソウル・シンガーを中心としてネオ・ソウルや00年代以降のシンガーも含めた幅広いラインアップでお届けします。
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【洋楽】レディ・ソウルのすすめ。素晴らしき女性ソウル・シンガー(1〜10)
Back To BlackAmy Winehouse

2000年代のイギリスの音楽シーンを熱心に追っていた方であれば、00年代中盤から後半にかけて60年代風のレトロなソウルの影響を押し出した女性アーティストやグループが多く登場したことを覚えていらっしゃるのではないでしょうか。
今や世界のトップスターとなったアデルさん、日本でも人気の高かったダフィーさんなど多くの才能が誕生する中で、破滅的なシンガーとして27歳の短い生涯を駆け抜けたのが、早世の天才シンガーであるエイミー・ワインハウスさんです。
1983年にユダヤ系イギリス人として生まれ、レコード好きな両親の影響でジャズに親しんでいたエイミーさん。
演劇学校に進学するも、ピアスやタトゥーなどが原因で退学処分となり、10代で作成したデモ・テープが評価されて2003年にはデビュー・アルバム『Frank』を20歳でリリースしています。
その時点では知る人ぞ知るという存在でしたが、2006年に発表したセカンド・アルバムにして遺作となった『Back to Black』が爆発的なヒットを記録してグラミー賞5部門を受賞、一躍トップスターの仲間入りを果たしました。
レトロなソウル~ジャズ、ポップスなどを基盤として、特徴的なハスキーボイスで歌う彼女の魅力は本当に素晴らしく、リアルな歌詞も含めて多くの人が評価したのも当然と言えましょう。
その破天荒な生き方で日本のテレビ番組などではゴシップ的な話題を集めていたこともありましたが、2011年の死から10年以上が過ぎた今、改めてシンガーとしての圧倒的な才能に向き合ってほしいですね。
Tonight is the NightBetty Wright

地元フロリダ州マイアミに拠点を置いた活動を続けたベティ・ライトさんは、「マイマミ・ソウルの女王」とも呼ばれるシンガーソングライターです。
1953年生まれ、なんと2歳にしてザ・エコーズ・オブ・ジョイという家族で結成したゴスペル・グループに参加、1968年には14歳でソロ・アルバム『My First Time Around』でデビューを果たすといった早熟な才能を発揮、2020年にガンで亡くなってしまうまで生涯現役のミュージシャンとして50年に及ぶキャリアを積み上げたベティさんは、後続のアーティストたちにも大きな影響を与えた存在なのですね。
17歳の時に発表したヒット曲『Clean Up Woman』は後のヒップホップ世代のアーティストが好んでサンプリングに用いたことでも知られており、日本ではあの小沢健二さんの大ヒット曲『ラブリー』で引用されていますね。
2011年には生バンドのヒップホップ・グループとして知られているザ・ルーツとのコラボレーション作品『Betty Wright: The Movie』をリリースしており、歌唱だけではなくプロデューサーとしても積極的に関わるなど、多彩な才能を発揮しています。
そもそもベティさんは裏方としての活動でも音楽界に多大なる貢献を果たし、あのジョス・ストーンさんのプロデュースを務めたことも含めて、若手の育成にも力を注いでいた方なのですよ。
もちろん、ソウル・シンガーとしての才能も間違いないものですから、まずは1978年にリリースされてヒットを記録した『Live』を聴いて、マイアミ・ソウルの何たるかを体験してみてはいかがでしょうか。
(You Make Me Feel Like) A Natural WomanAretha Franklin

「クイーン・オブ・ソウル」にして「レディ・ソウル」の象徴的存在、音楽史に残る女性シンガーの最高峰として永遠に敬愛され続けるアレサ・フランクリンさん。
アレサさんが成し遂げた偉業は数知れず、短い文章で語れるようなものではありませんが、1942年にアメリカはテネシー州のメンフィスにて生まれたアレサさんは、牧師とゴスペル歌手という両親のもとで幼い頃からゴスペルに親しみながら成長し、4オクターブの声域を持つ天才少女と言われていたそうです。
18歳にはR&B歌手としてのキャリアをスタートさせ、1961年にはメジャー・レーベルからレコード・デビューを果たします。
しばらくは大きな話題を集めることはできませんでしたが、1966年にはレコード会社を移籍、持ち前のゴスペル・フィーリングを全面に押し出したサウンドでヒットを記録します。
1967年にはオーティス・レディングさんのカバー曲『Respect』が全米1位を獲得、名実ともにトップ・シンガーの仲間入りを果たしました。
そんなアレサさんは決して順風満帆のキャリアを歩んできたわけではなく、プライベートでの問題や低迷期も経験するなど波乱万丈の人生を歩んできました。
2018年にドキュメンタリー映画『アメイジング・グレイス アレサ・フランクリン』が、2021年にはジェニファー・ハドソンさん主演の伝記ドラマ映画『リスペクト』が公開され、若い世代でもアレサさんの音楽に興味を持ち始めた方も多くいらっしゃるはず。
黒人女性としてのハンデを乗りこえ、天性の歌声で人類すべてを包み込むような多くの名曲を残したアレサさんの「ソウル」に、ぜひ一度は触れてみてください。
【洋楽】レディ・ソウルのすすめ。素晴らしき女性ソウル・シンガー(11〜20)
LovergirlTeena Marie

ソウル・ミュージックは黒人音楽であり、有名なシンガーも基本的にアフリカ系アメリカ人が多いのは当然ですが、本稿の主役であるティーナ・マリーさんは、白人のソウルの総称である「ブルー・アイド・ソウル」の代表的なシンガーソングライターであり、黒人コミュニティの中で熱狂的な支持を得た稀有な存在です。
1956年にカリフォルニア州のサンタモニカで生まれた彼女は、1976年にソウル系の名門中の名門レーベルであるモータウンと異例の契約を果たし、ソウル~ファンク・ミュージシャンとしての圧倒的な実力を武器として、あのリック・ジェイムスさんがプロデュースを買って出るというエピソードもあるほどなのですよ。
その後も順調にキャリアを積み上げていった彼女ですが、レーベルとの契約上の問題で裁判沙汰となってしまいます。
そこでティナさんはレーベルと全面的に戦って勝訴、アーティストの地位向上にも貢献したということも見逃せません。
レーベル移籍後の1984年には、ロックとファンクの架け橋のような名曲『Lovergirl』を大ヒットさせています。
そんなティナさんはヒップホップ勢から再評価を得て、10年ぶりにリリースした2004年のアルバム『La Dona』は全米チャート6位を記録、新たな黄金期の幕開けとなりました。
2010年に突然の死を迎えるまで、現役のミュージシャンとしてライブ活動を続けていた彼女は、肌の色などは関係なく多くのアーティストたちの尊敬の的となっているのです。
New AttitudePatti LaBelle

パティ・ラベルさんは、多くの偉大な存在を生み出したソウル・ミュージックの歴史の中でも極めて異例の存在です。
1960年初頭の時点で、10代だったパティさんはザ・ブルーベルズというグループでプロ・デビューを果たしており、1962年にリリースした『I Sold My Heart to the Junkman』は全米トップ40入りを果たしています。
1970年代に入ってからは自らの名前を冠した「Labelle」というボーカル・グループを率いてファンキーなソウルを展開、1975年の『Lady Marmalade』は全米チャート1位に輝いています。
それだけでも十分なキャリアなのですが、彼女の本領が発揮されたのはむしろ低迷期を乗りこえた1980年代以降からの話。
1984年に41歳という年齢で放った起死回生のヒット曲『New Attitude』は、R&Bもロックも取り込んだ直球の80年代的サウンドであり、特徴的なハイトーン・ボーカルとトレードマークとなったツンツンのヘアースタイルが誕生した瞬間でもありました。
その後もジャンルの枠内に収まらない自由な活動で人気を博し、40代にして「クイーン・オブ・ロック&ソウル」の称号を得るまでに至ったのです。
レッテルを嫌う彼女のスタイルがゆえに、日本ではそれほど知られていない存在かもしれませんが、黒人のソウルというだけで何となくの先入観を抱いてしまう人にこそ、知ってほしい偉大なアーティストです!
I’m Every WomanChaka Khan

1980年代以降におけるソウル~R&B、ダンス・ミュージック界の女王チャカ・カーンさん。
1953年にアメリカはイリノイ州シカゴにて生まれたチャカさんは、11歳にしてボーカル・ユニットを結成するという早熟な才能を持ち、ソウルはもちろんジャズからの影響を色濃く受け継いだ歌唱スタイルで1973年には人種混合のファンク・バンドである「ルーファス」のボーカリストとしてデビューを果たし、スティーヴィー・ワンダーさんが提供した『Tell Me Something Good』をヒットさせます。
グループとしての活動中の1978年にはソロ・デビューを果たし、ホイットニー・ヒューストンさんのカバー・バージョンでも有名な楽曲『I’m Every Woman』をデビュー曲として発表。
ルーファスが1982年に解散後はソロ活動に専念、ラッパーのメリー・メルさんを迎えて早くからヒップホップの要素を取り入れたプリンスさんのカバー曲『I Feel for You』を1984年にリリースして大ヒットを記録します。
ソロ・アーティストとしての40年以上に及ぶキャリアの中で、ヒットを連発した80年代のイメージが強い方も多いかもしれませんが、むしろ2000年代以降の活動に目を向けていただきたいですね。
衰えを知らないソウルフルなハイトーン・ボーカルは健在で、2019年には完全なオリジナル・アルバム『Hello Happiness』をリリースしており、現代的なクラブ・ミュージックと見事な融合を果たしています。
ホイットニー・ヒューストンさんやメアリー・J・ブライジさんなど、多くのシンガーに影響を与えたソウル・ディーバの変わらぬソウル、ファンクネスをぜひ味わってみてください!
Saving All My Love For YouWhitney Houston

ホイットニー・ヒューストンさんは世界的に最も有名な女性シンガーの1人として1980年代から1990年代にかけて記録的なセールスを連発、音楽史にその名を残すシンガー兼女優です。
あまりにも有名な初主演映画『ボディーガード』の主題歌『I Will Always Love You』に代表されるように、ここ日本においてもあまり洋楽を聴かない層にまで彼女の歌声は浸透しているといっても過言ではないでしょう。
そんなホイットニーさんは有名なゴスペ ル・グループのメンバーを母親に持ち、偉大なポップ・シンガーのディオンヌ・ワーウィックさんが従姉妹という、まさに音楽家としての名門一家のもとに生まれ、天才シンガーとしての運命はその時点で決定付けられていたのかもしれませんね。
幼少期から聖歌隊などを通じてゴスペルを学びつつ、17歳には抜群のスタイルを生かしてプロのファッション・モデルを経験。
1983年にレーベル契約を果たし、1985年にリリースされたデビュー・アルバム『そよ風の贈りもの』が大ヒット、21歳の若さでグラミー賞受賞という栄誉を成し遂げ、以降の輝かしいキャリアを歩み始めるのです。
プライベートではトラブルも多く、晩年はゴシップ的な話題も多かったホイットニーさんですが、彼女が生み出した素晴らしい作品の価値が汚されるわけではありません。
『I Will Always Love You』しか知らないという方であれば、まずはベスト盤などでホイットニーさんの音楽を聴いていただいて、80年代や00年代の作品などにも手を伸ばしてみてはいかがでしょうか。





