70年代の邦楽ロックバンドのデビュー曲
日本でも、ロックミュージックが徐々に入ってきて、独特の進化をした70年代です。
そんな、70年代の邦楽ロックバンドのデビュー曲を、今回はまとめてみました。
まさに、音楽の試行錯誤をしていたこの時代に、今に繋がる、何かが見えてきます。
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70年代の邦楽ロックバンドのデビュー曲(1〜10)
僕のサラダガールゴダイゴ

1976年4月発売、ゴダイゴのデビューシングル曲で、同年7月に発売されたファーストアルバム「GODIEGO:新創世紀」にも組曲として収録されています。
日本人のミッキー吉野とタケカワユキヒデを中心に結成された邦楽ロックバンドですが、歌詞は全て英語となっており、この曲を収録したアルバムの曲も全て英語の歌詞となっています。
これは邦楽史上初の試みで、80年代~90年代のロックバンドに大きな影響を与えたと言われています。
あんたのバラード世良公則&ツイスト

1977年11月発売、世良公則&ツイストのメジャーデビューシングル曲で、1978年7月に発売されたファーストアルバム「世良公則&ツイスト」にも収録されています。
現在では俳優としても活躍する世良公則が高校生時に結成したバンドが元で、当初はベースを担当していましたが、ある事がきっかけでボーカルへと転向しデビューを飾ったバンドです。
このデビュー曲はオリコンのシングルチャート最高順位が6位止まりでしたが、ロングセールスが続き売り上げ枚数は50万枚以上を記録しました。
ルイジアンナキャロル

1972年12月発売、キャロルのデビューシングル曲で、1973年3月に発売されたファーストアルバム「ルイジアンナ」にも収録されています。
現在ソロのミュージシャンとして活躍している矢沢永吉を中心に結成されたロックバンドで、残念ながらバンド自体は1975年に解散しています。
1972年のデビュー以降、翌年6月まで1ヶ月に1枚のシングル曲をリリースするというハイペースな活動が話題にもなりました。
70年代の邦楽ロックバンドのデビュー曲(11〜20)
二人の夏愛奴

1975年5発売、愛奴のデビューシングル曲で、同日に発売されたファーストアルバム「愛奴」に収録されています。
現在ではソロシンガーとして活躍する浜田省吾がドラムス・パーカッションとして参加していたロックバンドで、1975年にデビューをしましたが、バンドとしては短命で1976年に解散をしています。
浜田省吾はこのデビュー曲ではドラムス・ボーカルとして参加していました。
くたびれて村八分

1971年発表、村八分のデビューシングル音源で、レコード会社の倒産により長い間、日の目を見ることがありませんでしたが、1991年に念願のCD化が行われ販売されました。
バンド最初期に制作された楽曲であることから、デビュー曲と言われています。
当時珍しかった奇抜なファッションや、差別用語とも捉えられる歌詞が話題となり、社会に不満を持つ若者から高い支持を得たロックバンドでもあります。
1973年に解散するなど活動期間自体は短かったものの、強烈なインパクトを残したバンドです。
地獄へドライブSon House
1975年1月発売、サンハウスのデビューシングル曲で、同年6月に発売されたファーストアルバム「有頂天」にも収録されています。
自主制作音源として制作された楽曲で、メジャーファーストアルバムの発売が6月に決まっていたことから、先行シングル盤として販売されました。
現在では日本を代表するギタリストの一人となった鮎川誠が在籍しているロックバンドで、現在もライブを中心に活動を行っています。
ひとり咲きCHAGE and ASKA

1979年8月発売、チャゲ&飛鳥のデビューシングル曲で、1980年4月に発売されたファーストアルバム「風舞」にも収録されています。
もともとは7人組のロックバンドだったチャゲ&飛鳥がデビュー前のコンテスト用に制作した楽曲で、コンテスト時に飛鳥涼が曲の歌い出しを間違ってしまったことから大賞を取り逃してしまった、というエピソードも有名です。