【鹿児島出身のアーティスト】著名な歌手から人気バンドまで一挙紹介
九は、時代をこえて愛されるベテラン歌手や、超人気バンドを多数輩出しているエリア。
鹿児島県も例外ではなく、誰もが知っている有名なアーティストたちが、この地から全国、さらには世界に羽ばたいているんです!
幅広い世代から支持を得ているシンガーソングライターや演歌歌手、注目度急上昇中のバンド、J-POPシーンで活躍するシンガーなどなど……。
この記事では、九州のほかの県にも負けない鹿児島県出身の人気アーティストたちを一挙に紹介していきます!
- 【2026】九州出身のバンド・アーティスト・歌手まとめ
- 【鹿児島の歌】歌い継がれる故郷のこころ|鹿児島を感じる名曲を厳選
- 九州男の人気曲ランキング【2026】
- 80年代の男性シンガーソングライター・人気曲ランキング【2026】
- 90年代の女性シンガーソングライター・人気曲ランキング【2026】
- 名曲ばかり!Z世代におすすめしたい男性アーティストのラブソング
- 人気邦楽ロックバンドの隠れた名曲・マイナーソング
- 【癒やし&かっこいい】ハスキーボイスが魅力的な女性ボーカル
- 人気のカラオケ。アーティストランキング【2026】
- 低音が魅力の男性アーティストの曲。邦楽の名曲、おすすめの人気曲
- ゆとり世代の方におすすめしたい女性アーティストの失恋ソング
- 80年代の女性シンガーソングライター・人気曲ランキング【2026】
- 【名古屋】愛知県出身のバンド・アーティスト・歌手
【鹿児島出身のアーティスト】著名な歌手から人気バンドまで一挙紹介(31〜40)
西郷どん —メインテーマ—里アンナ

奄美の伝統音楽「島唄」をルーツに持つ唄者、里アンナさんも鹿児島出身のアーティスト。
彼女は3歳から祖父に島唄を学び、その魂を核としながらジャズやR&Bを融合させた独自の音楽を届けています。
2005年に「恋し恋しや」でデビュー後、2018年にはNHK大河ドラマのメインテーマに抜てきされ、その圧倒的な歌声が全国に知れ渡りました。
奄美民謡大賞での受賞歴はもちろん、2013年にはミュージカル『レ・ミゼラブル』で主要な役を演じるなど、その表現力は折り紙付き!
ゲーム『スプラトゥーン3』では声優もつとめるなど、多彩な才能を発揮しています。
私はピアノ高田みづえ

アイドル的人気と実力派の歌唱力をあわせ持ち、昭和の音楽シーンを鮮やかに彩った高田みづえさんは鹿児島県南九州市の出身です。
1977年にオーディション番組をへてシングル『硝子坂』でデビューすると、新人ながらヒットを連発。
日本レコード大賞新人賞をはじめ、その年の音楽賞を総なめにする快挙を成し遂げました。
サザンオールスターズの桑田佳祐さんが作曲した『私はピアノ』は彼女の代表曲のひとつです。
1985年に惜しまれつつ引退。
しかし、2015年8月には約30年ぶりに歌番組で歌声を披露し、大きな感動を呼びました。
光と影のロマン宇徳敬子

シンガーソングライターとして作詞・作曲以外にラジオDJ、モデルとしての活動でも知られています。
アーティストのバックコーラス担当時にCecile Minami、Secil Minami等とクレジットされていたこともあるようです。
いのちの花実愛

シンガーソングライター、イラストレーター、漫画家としてマルチな才能をもつ彼女は鹿児島を活動拠点に¥として作詞・作曲活動、テレビ、ラジオ、各種ステージ、イラストレーター、コラムニスト、書画等で活動しています。
東京娘桜たまこ

「桜たまこ」は1976年にミノルフォンレコードからレコードデビューした鹿児島県出身の歌手です。
「東京娘」は1976年に発売された「桜たまこ」2枚目のシングル曲です。
約40万枚を売上げるヒット曲となりました。
渡辺マリが歌った「東京ドドンパ娘」のリメイク版です。
【鹿児島出身のアーティスト】著名な歌手から人気バンドまで一挙紹介(41〜50)
あなたの笑顔カサリンチュ

奄美大島の笠利町在住男性デュオ、カサリンチュ。
ギターのタツヒロさんとヒューマンビートボックスを担当するコウスケさん、ともにメインボーカルで中学からの同級生です。
メロディアスでハートフルな雰囲気にあふれた楽曲はすっと優しく心に染みこんでくること必至。
聴いていると地元が恋しくなるようなあたたかさを感じます。
2013年にはアニメ『宇宙兄弟』のエンディングテーマである『NewWorld』をリリースしました。
年末の忘年会ライブも恒例ですが、2020年現在はソロ活動に力を入れています。
Hey Hey Baby! You’re No. 1!スパークリング☆ポイント

メンバーは3人とも鹿児島県奄美大島出身です。
2004年9月1日リリースの「Hey Hey Baby! You’re NO.1!」でデビュー。
その後レーベルの移籍等をへて2009年6月2日、公式サイトと公式ブログにおいて、解散が発表されました。



