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【2026】日本のジャズシンガー。国内ジャズシーンを代表するジャズボーカル

世界に通用する日本のジャズ・ミュージシャンは多く存在しておりますが、代表的な日本のジャズシンガーと言われてすぐに名前を挙げられる方は、意外に少ないかもしれません。

日本におけるジャズシンガーの歴史は、それこそ戦前から始まったものです。

戦後になると、ジャズを下地とした歌謡曲のヒット曲が次々と生まれ、大衆に愛されるスターも多く誕生しました。

そんな歴史を踏まえつつ、今回の記事では幅広い視点で日本のジャズシンガーをピックアップ!

ジャズの素養を持つ往年の大スターから純然たるジャズシンガー、実はジャズを歌っていた意外なあのアーティストまで、バラエティー豊かにお届けします!

【2026】日本のジャズシンガー。国内ジャズシーンを代表するジャズボーカル(21〜30)

Take Me In Your Armsmaya

MAYA 『MAYA + JAZZ』より Take Me In Your Arms
Take Me In Your Armsmaya

1999年にジャズライブハウスで初めてステージに立った彼女。

ジャズを基本としながらも、ジャンルにこだわらず、多言語での歌唱を得意としており、2006年、上海ジャズフェスティバルに日本の代表として出演したことでも知られています。

女子オーディオの会副会長をつとめるなど、オーディオ愛好家としての一面も持ち、多くのオーディオイベントに出演しています。

また、自らレーベルを立ち上げるなど、歌手活動の枠に収まらないいろいろな活動に注目です。

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    The Lady Is A Tramp金子晴美

    1950年生まれ、獨協大学を卒業したのちに水島早苗ジャズ・ヴォーカル研究所で研鑽を積み、確かな実力を身につけてプロの世界へと足を踏み入れたのが、金子晴美さんです。

    1980年にアルバム『アイ・ラヴ・ニューヨーク』でデビューを飾り、ハンク・ジョーンズさんら名手をバックに従えても埋もれない存在感を示したのですね。

    1988年に公開されたロン・カーターさんとの共作名盤『I’M WALKIN’』をはじめ、ニューヨークの一流ミュージシャンと対等に渡り合える稀有な日本人シンガーとして知られています。

    派手な技巧よりも英語のニュアンスやフレージングを大切にする都会的な歌声は、まさに大人のためのジャズと言えるでしょう。

    本格的なジャズ・ヴォーカルを味わいたい方には、ぜひ聴いていただきたいアーティストなのです!

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      【2026】日本のジャズシンガー。国内ジャズシーンを代表するジャズボーカル(31〜40)

      My Funny ValentineTOKU

      ボーカルでありながらトランペットと似た楽器、フリューゲルホルンをも自由に操る多才なプレイヤー、TOKUさん。

      チェット・ベイカーを思わせるその甘い歌声には女性ファンも多いですよね。

      彼はもともと中学生のとき吹奏楽部でコルネットを担当しており、歌をメインに演奏することになったきっかけは海外留学をしている時にまわりに勧められたからだそうです。

      楽器でソロがとれるボーカルは、メロディーの自由度も高いので、聴いていても音楽に広がりがあり楽しいですね。

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        有楽町で逢いましょうフランク永井

        有楽町で逢いましょう フランク永井 昭和33年 ビクター
        有楽町で逢いましょうフランク永井

        純然たるジャズシンガーというわけではありませんが、ジャズのテイストをふんだんに盛り込んだムード歌謡を、艶のある豊かなバリトンで歌い人気を博したのがフランク永井さんです。

        『有楽町で逢いましょう』や『おまえに』など多くのヒット曲を持ち、紅白歌合戦に26回連続で出演した大御所歌手の永井さんは、幼少期から歌手を目指しており、アメリカ軍のクラブ歌手としてキャリアをスタート。

        ジャズを中心に歌っていましたが成功はできず、先輩格の師匠とも言えるディック・ミネさんの勧めを受け、さらには作曲家の吉田正さんと出会い、歌謡曲を歌うシンガーとして歩み始めます。

        その後は華々しい成功を収めましたが、コンサートにおいてスタンダードナンバーや持ち曲の英語バージョンを歌うなど、ムード歌謡歌手として成功しながらも、ジャズシンガーとしてのキャリアを大切にしていたことが分かりますね。

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          チョコレイト・ディスコ土岐麻子

          土岐麻子 meets Schroeder-Headz / 「チョコレイト・ディスコ」LIVE (Short Ver.)
          チョコレイト・ディスコ土岐麻子

          著名なサックス奏者、土岐英史さんの娘でもある土岐麻子さんは、透明感のある軽やかな歌声を武器として、ジャズとJ-POPの境界線を自在に行き来するシンガー。

          土岐さんの音楽的なキャリアとしては、1997年に結成されたCymbalsのボーカリストとしてデビューしたのが最初です。

          洋楽からの影響を大いに感じさせ、都会的でスタイリッシュかつしゃれたサウンドを鳴らし、当時はポスト渋谷系などとも呼ばれておりましたね。

          バンドの解散後は、先述した父親の英史さんと共同プロデュースで『STANDARDS〜土岐麻子ジャズを歌う〜』をリリース。

          ソロシンガーとして、新たなキャリアをスタートさせました。

          彼女のスタイルは同業者からの人気も高く、多くのアーティストからラブコールを受けて、ゲスト・ボーカリストとしてその歌声を披露しておりますよ。

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            サヨナラナンシー梅木

            Miyoshi Umeki – ナンシー梅木 – Sayonara (Let’s Say Good-bye) サヨナラ 1953
            サヨナラナンシー梅木

            海外ではミヨシ・ウメキの芸名で知られており、日本のジャズシンガーの草分け的な存在がナンシー梅木さんです。

            1929年生まれ、北海道は小樽市出身の梅木さんは10代の頃から英語を学び、アメリカの英語曲を歌えるシンガーとしてジャズを歌っておりました。

            その時に付けられた芸名が、ナンシー梅木だそうです。

            1955年には渡米し、アメリカを活動拠点として本格的な活動をスタート。

            かのマーキュリー・レコードからアルバムをリリースするなど順調なキャリアを積んでいた梅木さんは、1957年、マーロン・ブランドさん主演の映画『サヨナラ』に女優の高美以子さんとともに出演。

            アカデミー助演女優賞を受賞、という栄誉を成し遂げました。

            見事な英語と日本語を織り交ぜた歌唱は今聴いても新鮮ですし、まずは編集盤などで彼女の歌声に触れてみてくださいね。

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              ケ・セラ・セラペギー葉山

              ペギー葉山さんといえば、誰もが一度は口ずさんだことのある『ドレミの歌』を歌い、訳詞も手がけた国民的な人気歌手です。

              社団法人日本歌手協会7代目会長にして名誉会長も務め、日本の音楽シーンに多大な貢献を果たした偉大な方ですよね。

              1933年に東京は四谷で生まれた葉山さんは幼い頃から歌に親しみ、声楽を習いながら音楽大学への進学を目指していたそうですが、青山学院大学在学中にポピュラー・ジャズへと転向。

              進駐軍のキャンプで歌っていたところ、かのティーブ・釜萢さんに見いだされて、当時高い人気を誇っていたビッグバンド、渡辺弘とスター・ダスターズの専属歌手として活躍します。

              その後はソロ・デビューを果たして多くのヒット曲をリリース、ジャズやポピュラーミュージックのみならず、歌謡界やタレントとしてもお茶の間の人気者となりました。

              生涯現役を貫いた葉山さんの歌声は、戦後の日本ポピュラー史において欠かすことのできない、永遠のものと言えるでしょう。

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