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【2026】日本のジャズシンガー。国内ジャズシーンを代表するジャズボーカル

世界に通用する日本のジャズ・ミュージシャンは多く存在しておりますが、代表的な日本のジャズシンガーと言われてすぐに名前を挙げられる方は、意外に少ないかもしれません。

日本におけるジャズシンガーの歴史は、それこそ戦前から始まったものです。

戦後になると、ジャズを下地とした歌謡曲のヒット曲が次々と生まれ、大衆に愛されるスターも多く誕生しました。

そんな歴史を踏まえつつ、今回の記事では幅広い視点で日本のジャズシンガーをピックアップ!

ジャズの素養を持つ往年の大スターから純然たるジャズシンガー、実はジャズを歌っていた意外なあのアーティストまで、バラエティー豊かにお届けします!

【2026】日本のジャズシンガー。国内ジャズシーンを代表するジャズボーカル(31〜40)

チョコレイト・ディスコ土岐麻子

土岐麻子 meets Schroeder-Headz / 「チョコレイト・ディスコ」LIVE (Short Ver.)
チョコレイト・ディスコ土岐麻子

著名なサックス奏者、土岐英史さんの娘でもある土岐麻子さんは、透明感のある軽やかな歌声を武器として、ジャズとJ-POPの境界線を自在に行き来するシンガー。

土岐さんの音楽的なキャリアとしては、1997年に結成されたCymbalsのボーカリストとしてデビューしたのが最初です。

洋楽からの影響を大いに感じさせ、都会的でスタイリッシュかつしゃれたサウンドを鳴らし、当時はポスト渋谷系などとも呼ばれておりましたね。

バンドの解散後は、先述した父親の英史さんと共同プロデュースで『STANDARDS〜土岐麻子ジャズを歌う〜』をリリース。

ソロシンガーとして、新たなキャリアをスタートさせました。

彼女のスタイルは同業者からの人気も高く、多くのアーティストからラブコールを受けて、ゲスト・ボーカリストとしてその歌声を披露しておりますよ。

My Funny ValentineTOKU

ボーカルでありながらトランペットと似た楽器、フリューゲルホルンをも自由に操る多才なプレイヤー、TOKUさん。

チェット・ベイカーを思わせるその甘い歌声には女性ファンも多いですよね。

彼はもともと中学生のとき吹奏楽部でコルネットを担当しており、歌をメインに演奏することになったきっかけは海外留学をしている時にまわりに勧められたからだそうです。

楽器でソロがとれるボーカルは、メロディーの自由度も高いので、聴いていても音楽に広がりがあり楽しいですね。

有楽町で逢いましょうフランク永井

有楽町で逢いましょう フランク永井 昭和33年 ビクター
有楽町で逢いましょうフランク永井

純然たるジャズシンガーというわけではありませんが、ジャズのテイストをふんだんに盛り込んだムード歌謡を、艶のある豊かなバリトンで歌い人気を博したのがフランク永井さんです。

『有楽町で逢いましょう』や『おまえに』など多くのヒット曲を持ち、紅白歌合戦に26回連続で出演した大御所歌手の永井さんは、幼少期から歌手を目指しており、アメリカ軍のクラブ歌手としてキャリアをスタート。

ジャズを中心に歌っていましたが成功はできず、先輩格の師匠とも言えるディック・ミネさんの勧めを受け、さらには作曲家の吉田正さんと出会い、歌謡曲を歌うシンガーとして歩み始めます。

その後は華々しい成功を収めましたが、コンサートにおいてスタンダードナンバーや持ち曲の英語バージョンを歌うなど、ムード歌謡歌手として成功しながらも、ジャズシンガーとしてのキャリアを大切にしていたことが分かりますね。

So Many Stars鈴木重子

デビュー当時は東大法学部卒のボーカリストとして注目を集めた鈴木重子さん。

3歳からピアノを習い始め、小学校入学後は母から英会話の手ほどきを受けたそうで、音感や語学力にしっかりとささえられた、そのハスキーでありながらはかなげな歌声はファンの心をつかんで離しません。

1995年アルバム・デビューの際に、名門ジャズクラブのブルーノート・ニューヨークに、日本人ボーカリストとして初めて出演したことでも知られています。

サヨナラナンシー梅木

Miyoshi Umeki – ナンシー梅木 – Sayonara (Let’s Say Good-bye) サヨナラ 1953
サヨナラナンシー梅木

海外ではミヨシ・ウメキの芸名で知られており、日本のジャズシンガーの草分け的な存在がナンシー梅木さんです。

1929年生まれ、北海道は小樽市出身の梅木さんは10代の頃から英語を学び、アメリカの英語曲を歌えるシンガーとしてジャズを歌っておりました。

その時に付けられた芸名が、ナンシー梅木だそうです。

1955年には渡米し、アメリカを活動拠点として本格的な活動をスタート。

かのマーキュリー・レコードからアルバムをリリースするなど順調なキャリアを積んでいた梅木さんは、1957年、マーロン・ブランドさん主演の映画『サヨナラ』に女優の高美以子さんとともに出演。

アカデミー助演女優賞を受賞、という栄誉を成し遂げました。

見事な英語と日本語を織り交ぜた歌唱は今聴いても新鮮ですし、まずは編集盤などで彼女の歌声に触れてみてくださいね。

ケ・セラ・セラペギー葉山

ペギー葉山さんといえば、誰もが一度は口ずさんだことのある『ドレミの歌』を歌い、訳詞も手がけた国民的な人気歌手です。

社団法人日本歌手協会7代目会長にして名誉会長も務め、日本の音楽シーンに多大な貢献を果たした偉大な方ですよね。

1933年に東京は四谷で生まれた葉山さんは幼い頃から歌に親しみ、声楽を習いながら音楽大学への進学を目指していたそうですが、青山学院大学在学中にポピュラー・ジャズへと転向。

進駐軍のキャンプで歌っていたところ、かのティーブ・釜萢さんに見いだされて、当時高い人気を誇っていたビッグバンド、渡辺弘とスター・ダスターズの専属歌手として活躍します。

その後はソロ・デビューを果たして多くのヒット曲をリリース、ジャズやポピュラーミュージックのみならず、歌謡界やタレントとしてもお茶の間の人気者となりました。

生涯現役を貫いた葉山さんの歌声は、戦後の日本ポピュラー史において欠かすことのできない、永遠のものと言えるでしょう。

Over the rainbow島袋寛子

1990年代後半、小学生という若さでSPEEDの一員としてデビュー、一躍日本中でその名前を知られるほどの人気を博した島袋寛子さん。

ジャズシンガーの記事で島袋さんがなぜ、と思われる方もいるかもしれませんが、実は島袋さんはSPEEDの最初の解散後にジャズシンガーとしてのキャリアをスタートさせているのです。

2004年に本格的なジャズプロジェクトのCoco d’Orを開始した島袋さんは、スタンダードナンバーを中心とした楽曲を歌い、定期的にアルバムのリリースやコンサートを実施。

2005年の第19回日本ゴールドディスク大賞において、ジャズ・アルバム・オブ・ザ・イヤーの邦楽部門を受賞するほど高い評価を得ているのです。

SPEED時代から高い歌唱力が注目を浴びていた島袋さんですが、ますます磨きをかけたジャズシンガーとしての彼女にもぜひ注目してみてください!

Smile松田聖子

SEIKO MATSUDA 「Smile」Music Video from「SEIKO JAZZ」
Smile松田聖子

ジャズ以外の分野で活躍していた大物歌手がジャズに挑戦する、というのはそれほど珍しいことではありませんが、永遠のアイドル松田聖子さんも近年本格的なジャズ・アルバムをリリースしています。

これがちょっとした企画物というわけではなく、40年以上のキャリアを誇る彼女の本気が詰まったものとなっているのですね。

2017年に発表された『SEIKO JAZZ』は、ジャズ界の大物がレコーディングに参加しており、スタンダードナンバーを見事に歌い上げる「ジャズシンガー」松田聖子さんの歌声を心行くまで堪能できる見事なジャズ・アルバムとして、第59回レコード大賞企画賞を受賞。

海外の名門ジャズレーベルVerveを通じて全米でもリリースされ、高い評価を受けました。

2019年には第2弾となる『SEIKO JAZZ2』をリリースしておりますから、合わせて聴いてみましょう!

二人でお酒をウィリアムス 浩子

ウイリアムス・浩子/”二人でお酒を”
二人でお酒をウィリアムス 浩子

リリースした作品はいずれも高い評価を得ているだけでなく、商業的にも成功を収め、2000年代以降の代表的な日本のジャズシンガーとして目覚ましい活躍を続けるウィリアムス浩子さん。

静岡県出身の彼女は、会社員時代にアニタ・オデイさんや、ジュリー・ロンドンさんといった往年の名ジャズシンガーから影響を受け、単身渡英。

帰国後は本格的にジャズシンガーとしての活動を開始し、ロサンゼルスにてレコーディングした自主制作のアルバム『a time for Ballads』が大きな評判を呼びます。

シンガーとしての確かな実力は、日本を代表する著名な作曲家の服部克久さんから「最高のエンジンを積んだロールス ロイスが時速 100km で優雅に走るよう」と評価されたほど。

以降も精力的にセルフプロデュースの音源を多数リリース、徹底期にこだわった音作りも含めて、現代ジャズ・シーンにおけるトップ・アーティストとして認知されています。

山のロザリアスリー・グレイセス

戦後を代表する日本の女性コーラス・グループといえば、スリー・グレイセスの存在は欠かせません。

ジャズ演奏家であり、ダークダックスやボニージャックスといったビッグネームを世に送り出した小島正雄さんのもとで1958年に結成された3人組の彼女たちは、翌年にリリースされたロシア民謡『山のロザリア』が大ヒットを記録して、1962年と63年の紅白歌合戦に出場を果たします。

1967年には家庭を優先して活動を休止しますが、20数年後の1989年に再結成を果たし、同年にサントリー・ワイン・CFイメージソング『想い出してウクレレ』を発表。

以降は多くのCM曲やテレビ番組へ出演、アメリカのジャズ・フェスティバルへの参加など精力的な活動を続けています。

あの国民的なアニメソング『魔法使いサリー』の歌唱を担当したのも、スリー・グレイセスなのですよ!

ジャズの素養を持ち合わせた、日本が誇るコーラス・グループが残した素晴らしい名曲の数々を、ぜひベスト盤などで聴いてみてくださいね。