【一般向け】オリンピック・パラリンピックの雑学&豆知識クイズ
オリンピックやパラリンピックについて、あなたはどのくらい知っていますか?
4年に一度の祭典には、実は教科書にも載っていない驚きのエピソードが数多く隠れています。
メダルの素材や五輪マークの意味、かつて正式種目だった意外な競技など、知れば誰かに話したくなる一般向けの雑学&豆知識を集めました。
観戦がもっと楽しくなる雑学から、思わず「へえ!」と声が出てしまうような裏話まで、幅広く紹介します。
次の大会を観る前に、ぜひチェックしてみてくださいね!
【一般向け】オリンピック・パラリンピックの雑学&豆知識クイズ(1〜10)
オリンピックの第1回大会に女性は参加できなかったNEW!
1896年に第1回として開催されたアテネ大会は、女性の参加が認められない、女人禁制の大会であったと語り継がれています。
これは創始者であるピエール・ド・クーベルタンの考えによるもので、古代オリンピックにおける男子選手の肉体美の躍動という理想から、この形になったという流れですね。
第2回のパリ大会では参加が認められたものの、テニスとゴルフに限られていたりと、その後も女性に厳しい大会であったことが感じられますよね。
出場選手の男女比なども見れば、大会がどのように平等を目指してきたのかというところも感じられそうですね。
オリンピックの開会式には必ず鳩が登場するNEW!
開会式のプログラムでは平和の象徴である鳩がどこかで登場、スポーツをとおした平和の祭典だということを強調していますよね。
そんな鳩の登場はオリンピック憲章にも定められている、伝統でもありつつ義務でもあるプログラムなのです。
かつてのオリンピックで事故があってからは、本物の鳩は飛ばさなくてもいいという形へと変化していきましたが、モチーフに使ったり、映像で登場したりと、何かの形では必ず登場しています。
今回のオリンピックではどのようなタイミングで、どの形で登場するのかに注目してみるのもオススメですよ。
国際オリンピック委員会の本部はスイスにあるNEW!
オリンピックは開催国や参加国などのさまざまな国がかかわるもの、そんな国をまたいだ大会だからこそ、それをまとめる国際オリンピック委員会も重要だと言えますよね。
そんな国際オリンピック委員会はスイスのローザンヌが本拠地、非営利の非政府組織としてオリンピックのために尽力しています。
これはスイスが永世中立国だというところ、政治的にも安定した国際機関が集まる場所だということに由来する設置です。
さまざまな観点から、中立性を保とうという姿勢が伝わってきますよね。
東京2020大会の選手村にあったベッドはダンボール製NEW!
東京2020大会の選手村に設置されたベッドは、環境への配慮からダンボール製のものが採用されていました。
ダンボールといってもその性能は優秀、約200キロの荷重に耐えられる構造というところで、技術がつまっていることが感じられます。
また寝具はエアウィーヴ社製、使用後には紙としてリサイクルが可能だという、さまざまな考えが込められたベッドですね。
これをとおして東京大会のサステナビリティもしっかりとアピールされました。
開会式で1番初めに入場する国はギリシャNEW!
オリンピックは開催する国も参加する国も変わっていくものですが、開会式で最初に入場する国だけはギリシャと決められています。
最初はギリシャの選手団、2番目は難民選手団、3番目以降はその他の出場国の選手団で、最後に開催国が入場するという流れですね。
これはオリンピックの起源にまつわるもので、1896年にアテネで開催されたのが最初のオリンピックというところから、この先頭が憲章でも定められました。
入場の順番をとおして、オリンピックの歴史が感じられるという、おもしろい決まり事ですね。
72歳でオリンピックに出場した選手がいる
オリンピックに72歳で出場した選手をご存じでしょうか。
スウェーデンの射撃選手オスカースバーンさんは、72歳でオリンピックに出場しています。
この大会で銀メダルも獲得していますが、64歳で出場したオリンピックでは金メダルも獲得しています。
金メダルと銀メダルの最年長記録になっているそうですよ。
射撃は長年の経験がものを言う競技で、長く続けられるのだそうです。
サッカーや体操や国際競技連盟などが定めている場合を除いては、オリンピックに参加できる年齢制限はないそうです。
55年かかってゴールしたマラソン選手がいる
オリンピックのマラソンと言えば、大会の締めにふさわしい花形種目の一つです。
日本人にも親しまれている競技のマラソンですが、マラソンのゴールに55年かけた方もいるようです。
日本マラソンの父と呼ばれるほどに日本のマラソン界に貢献し功績を残した、金栗四三さんです。
1912年のストックホルム大会のマラソンに出場していた金栗さんですが、走っている最中に暑さのために倒れ、沿道付近の農家に運ばれました。
当時、この大会の本部に金栗さんの棄権が伝わっていなかったために行方不明の扱いだったそうです。
55年後の1967年に発覚し、連絡を受けた金栗さんは晴れてゴールができました。



