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沢田研二の名曲・人気曲

昭和を代表する男性歌手、沢田研二の楽曲を紹介します。

「勝手にしやがれ」「TOKIO」などリアルタイムで聴いていない方でも1度は耳にしたことがある楽曲が複数ありますよね。

沢田研二が活動を始めたのはグループサウンズ全盛期の1960年代で、グループサウンズの中心的存在のザ・タイガースのボーカルとしてデビューしました。

そんな沢田研二のあだ名といえば「ジュリー」ですが、その由来は沢田研二が女優のジュリー・アンドリュースのファンだというところからきているそうですよ。

それでは昭和歌謡シーンを席巻した名曲の数々をお聴きください。

沢田研二の名曲・人気曲(41〜50)

あなただけでいい沢田研二

1972年にリリースされたソロ3枚目のシングルで、バラを加えたジュリーのアップが印象的なジャケットです。

演奏は、井上堯之バンドとケニー・ウッド・オーケストラ。

トランペットがフィーチャーされたサウンドで、クラシカルな仕上がりです。

きめてやる今夜沢田研二

1983年にシングルリリースされたナンバーで、ジュリー自身が作詞を担当しています。

明るくバブリーなシンセサイザーがフィーチャーされた、テクノなロックサウンドが80年代初頭の日本の浮かれ具合を象徴しています。

LOVE 抱きしめたい沢田研二

[中譯歌詞] 沢田研二 – LOVE (抱きしめたい)[澤田研二 LOVE(擁抱)] 1978
LOVE 抱きしめたい沢田研二

シングル25作目で第20回日本レコード大賞最優秀歌唱賞、第9回日本歌謡大賞放送音楽賞受賞。

前作が映画挿入歌といういわば企画ものだったため、実質的には「ダーリング」の次曲。

当時としては珍しい5分超の大作で、情景描写が鮮やかな楽曲にダメ押しするかのように、黒いコートをまとい手には血のにじんだ包帯という演出を施しました。

第29回紅白歌合戦では、「トリは演歌の大御所」という慣例を覆して大トリを務めました。

許されない愛沢田研二

ソロ転向後のシングル第2弾。

路線をややGS調に戻した感があり、エネルギッシュな歌唱法で強い印象を与えました。

オリコン週間ベスト10入り、第14回日本レコード大賞、NHK紅白歌合戦への初出場などの結果につなげる記念すべき1枚です。

当時としては珍しいロンドン・スタジオでの収録で、「音にこだわる歌謡曲歌手」となりました。

渚のラブレター沢田研二

1981年にバックバンドEXOTICSを結成し、リリースされた33枚目のシングル。

ロッカバラードの構成となっている楽曲で、ジュリーの甘い声にぴったりです。

「マックスファクター’81」夏のキャンペーン・ソングに起用されました。