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沢田研二の名曲・人気曲

昭和を代表する男性歌手、沢田研二の楽曲を紹介します。

「勝手にしやがれ」「TOKIO」などリアルタイムで聴いていない方でも1度は耳にしたことがある楽曲が複数ありますよね。

沢田研二が活動を始めたのはグループサウンズ全盛期の1960年代で、グループサウンズの中心的存在のザ・タイガースのボーカルとしてデビューしました。

そんな沢田研二のあだ名といえば「ジュリー」ですが、その由来は沢田研二が女優のジュリー・アンドリュースのファンだというところからきているそうですよ。

それでは昭和歌謡シーンを席巻した名曲の数々をお聴きください。

沢田研二の名曲・人気曲(21〜30)

さよならをいう気もない沢田研二

シングル第18作。

リズミカルなロック、ポップスと情感あふれるバラードが織り交ざってリリースされるパターンの中で、その両方の要素がうまく融合した楽曲。

サビのハイトーンが鮮烈で、ものまねの題材にもよく使われています。

時の過ぎゆくままに沢田研二

1回目の結婚直後にリリースされたシングル14作目。

自身の主演ドラマ「悪魔のようなあいつ」挿入歌として企画され、その後長くチームを組む阿久・大野とは初の共作となりました。

79万枚を売り上げ自身最大のヒットを記録。

ファンの間で最も人気の高い曲のひとつで、カバーするアーティストも多い曲です。

盟友、岸部修三がレコーディングに参加した最後の作品で、岸部は同ドラマへの出演をきっかけに俳優の道に入りました。

ダーリング沢田研二

沢田研二 – ダーリング [ stage mix ]
ダーリング沢田研二

シングル第23作。

水兵風の衣装で激しいリズムの歌を熱唱する。

サビにおける畳みかけるようなフレーズの連続は、沢田の楽曲の典型パターンのひとつとなりました。

自身5曲目のオリコン週間チャート1位を記録しました。

恋のバッドチューニング沢田研二

前々作「ロンリー・ウルフ」の失敗から、糸井・加瀬コンビによるいかにもジュリーらしいサイケデリックなハードロック、ポップス路線に軌道修正しての第2弾。

ダミーのスケルトンギターを抱え、サングラスを外すとカラーコンタクトの異様な表情が現れるという演出で驚かせました。

30作目のこの曲で、シングル累計売上が日本歌謡曲史上4組目となる1000万枚突破を達成しました。

麗人沢田研二

麗人 (沢田研二) covered by MarryBorns
麗人沢田研二

1982年にリリースされた35枚目のシングル。

ジュリー本人が作曲を担当し、作詞は阿久悠。

ジャケット写真は、横尾忠則や、丸尾末広のような、大正ロマンとポップカルチャーを融合したようなデザインになっています。

20万枚を売り上げるスマッシュヒット作品。