沢田研二の名曲・人気曲
昭和を代表する男性歌手、沢田研二の楽曲を紹介します。
「勝手にしやがれ」「TOKIO」などリアルタイムで聴いていない方でも1度は耳にしたことがある楽曲が複数ありますよね。
沢田研二が活動を始めたのはグループサウンズ全盛期の1960年代で、グループサウンズの中心的存在のザ・タイガースのボーカルとしてデビューしました。
そんな沢田研二のあだ名といえば「ジュリー」ですが、その由来は沢田研二が女優のジュリー・アンドリュースのファンだというところからきているそうですよ。
それでは昭和歌謡シーンを席巻した名曲の数々をお聴きください。
沢田研二の名曲・人気曲(11〜20)
酒場でDABADA沢田研二

シングル31作目で、4作ぶりに阿久悠が作詞に復帰。
また曲調も、「カサブランカダンディ」以来途絶えていたダンディズム路線の復活を思わせるものとなりました。
手慣れた路線だけにまとまり感が強く、前2作の強烈なインパクトを超えることは難しかったようです。
勝手にしやがれ沢田研二
シングル第19作で、第19回日本レコード大賞、第8回日本歌謡大賞ほか同年の賞レースを独占、自身2番目のシングル売上を記録した代表作です。
日本歌謡大賞2度目の受賞は史上初だったそうです。
パワフルな歌唱に加えて徹底的にダンディズムを追求した振付も人気に拍車をかけ、クライマックスで客席に帽子を投げるパフォーマンスが話題を呼びました。
山口百恵の「プレイバックPart2」やサザンオールスターズの「勝手にシンドバッド」などに、オマージュの気配がうかがえますね。
サムライ沢田研二

シングル第22作。
「勝手にしやがれ」以来の「男のダンディズム」が凝縮され、渾身のロッカバラードとして結集した一作。
ラメを施したシースルーの肌着にナチス風の革ジャンを羽織り、クライマックスでは腰の短剣を抜いて突きつけるというパフォーマンスで話題を呼びました。
コバルトの季節の中で沢田研二

シングル第17作。
自身が作曲を手掛けた最初のシングル曲で、作詞の小谷夏とはドラマのプロデューサー久世光彦の変名。
ドラマと「時の過ぎ行くままに」のヒットの後、2度にわたって起こした暴力事件による謹慎明けにリリースされました。
爽快な中に哀切の漂う曲調やです・ます調の歌詞など、一連のジュリー作品の中では異彩を放っている佳作。
追憶沢田研二
シングル第10作で、2曲目のオリコンチャート1位獲得曲。
その後しばしば作品のモチーフになる名作洋画の世界が最初に現れた作品と言え、またそれに付随してその視線が海外に向けられ始めるきっかけともなりました。
第16回日本レコード大賞受賞。




