RAG Musicartist
素敵なアーティスト

沢田研二の名曲・人気曲

昭和を代表する男性歌手、沢田研二の楽曲を紹介します。

「勝手にしやがれ」「TOKIO」などリアルタイムで聴いていない方でも1度は耳にしたことがある楽曲が複数ありますよね。

沢田研二が活動を始めたのはグループサウンズ全盛期の1960年代で、グループサウンズの中心的存在のザ・タイガースのボーカルとしてデビューしました。

そんな沢田研二のあだ名といえば「ジュリー」ですが、その由来は沢田研二が女優のジュリー・アンドリュースのファンだというところからきているそうですよ。

それでは昭和歌謡シーンを席巻した名曲の数々をお聴きください。

play_arrowプレイリストを再生

沢田研二の名曲・人気曲(41〜50)

あなたへの愛沢田研二

1973年にリリースされたソロ5枚目のギターです。

スライドギターにホーンセクションなどがフィーチャーされた、洋楽的なサウンドの、温かみのあるラブバラードになっています。

ジュリーの少年っぽさの残るボーカルにキュンとなります。

    0 / 100 文字

    死んでもいい沢田研二

    1970年にザ・タイガース解散、1971年に開始した新バンドPYGが空中分解し、ソロ歌手となったジュリーのソロ4枚目のシングルです。

    1972年にリリースされました。

    情熱的な、泣きメロディーの歌謡ロックバラードです。

      0 / 100 文字

      白い部屋沢田研二

      1975年にリリースされたソロ15枚目のシングルです。

      バックバンドは、ケニー・ウッド・オーケストラが担当しています。

      トランペットソロのイントロからはじまり、はしばしでフィーチャーされています。

      ストリングスなども使用され、ドラマチックに仕上がっています。

        0 / 100 文字

        あなただけでいい沢田研二

        1972年にリリースされたソロ3枚目のシングルで、バラを加えたジュリーのアップが印象的なジャケットです。

        演奏は、井上堯之バンドとケニー・ウッド・オーケストラ。

        トランペットがフィーチャーされたサウンドで、クラシカルな仕上がりです。

          0 / 100 文字

          きめてやる今夜沢田研二

          1983年にシングルリリースされたナンバーで、ジュリー自身が作詞を担当しています。

          明るくバブリーなシンセサイザーがフィーチャーされた、テクノなロックサウンドが80年代初頭の日本の浮かれ具合を象徴しています。

            0 / 100 文字

            沢田研二の名曲・人気曲(51〜60)

            許されない愛沢田研二

            ソロ転向後のシングル第2弾。

            路線をややGS調に戻した感があり、エネルギッシュな歌唱法で強い印象を与えました。

            オリコン週間ベスト10入り、第14回日本レコード大賞、NHK紅白歌合戦への初出場などの結果につなげる記念すべき1枚です。

            当時としては珍しいロンドン・スタジオでの収録で、「音にこだわる歌謡曲歌手」となりました。

              0 / 100 文字

              渚のラブレター沢田研二

              1981年にバックバンドEXOTICSを結成し、リリースされた33枚目のシングル。

              ロッカバラードの構成となっている楽曲で、ジュリーの甘い声にぴったりです。

              「マックスファクター’81」夏のキャンペーン・ソングに起用されました。

                0 / 100 文字

                魅せられた夜-Mais Dans La Lumiere沢田研二

                シングル8作目。

                サビでフランス語を用いる、フランス志向の第1弾ともいえる作品で、当時としては「危険なふたり」「許されない愛」に続くシングル売上枚数を記録しました。

                「危険なふたり」以来導入された専属スタイリストによる斬新な衣装が売りのジュリーですが、まだこの曲あたりでは地味な衣装で振付もない歌唱ぶりでした。

                  0 / 100 文字

                  Mon amour je viens du bout du monde沢田研二

                  75年1月にフランスでリリースされた「巴里にひとり」の原曲。

                  ラジオチャートで4位にまで上昇しレコード20万枚を売り上げ、フランスでの外国人歌唱曲としては異例なほどのヒット曲となりました。

                  その後ヨーロッパ各国やカナダなどでもリリースされました。

                  ちなみに沢田研二はフランス語がまったく話せないそうです。

                    0 / 100 文字

                    愛の逃亡者沢田研二

                    1974年にリリースされたシングルで、世界進出を視野にいれ、A面の「愛の逃亡者」も、B面の「アイ・ウォズ・ボーン・トゥ・ラヴ・ユー」も全編英語で歌っています。

                    エキゾチックなメロディとスカのリズム、「ウーハッ」という掛け声など、トリッキーな作品に仕上がっています。

                      0 / 100 文字

                      この記事はお役に立ちましたか?

                      swipe指先で音楽をブラウズ