昭和40年代の日本のヒット曲
昭和40年代の日本と言えば、後に「いざなぎ景気」と言われる高度経済成長期に突入したり、1970年(昭和45年)には大阪万博が開催されたりと、非常に活気にあふれていた時代だったようなイメージがあります。
また、音楽的にもエレキギターのブーム、グループサウンズブーム、フォークソングブーム等の中から後の日本の音楽シーンに強く影響を与え、そしてまたリスナーの方たちの記憶に残る作品たちが数多く生まれた時代でした。
本特集では、そんな日本の昭和40年代の名曲たちをご紹介します。
当時をリアルタイムでご経験された方にも後追い世代の方にもお楽しみいただけるよう、できるだけ幅広く選曲してみました。
ぜひお楽しみくださいませ。
昭和40年代の日本のヒット曲(31〜40)
ハ・ハ・ハザ・リンド&リンダーズ

軽快なリズムと明るいメロディに乗せて、1968年8月に発売されたザ・リンド&リンダースの元気いっぱいのポップチューン。
関西を代表するグループサウンズの一つとして、当時大きな人気を集めたノーベル製菓『アマンド・キッス』のCMにも起用され、首都圏でも認知度が高まりました。
関西を代表するGSグループのナンバーとして、B面には叙情的なバラード『フォー・デイズ・ラブ』を収録。
本作は2000年1月にアルバム『ザ・リンド&リンダース Meets ザ・ヤンガーズ コンプリート シングルズ』に収められ、新たな世代のファンにも親しまれています。
グループ・サウンズ全盛期の息吹を感じたい方や、青春時代のノスタルジーに浸りたい方にオススメの一曲です。
レッツ・ゴー・シェイク!寺内タケシ & バニーズ

渚で繰り広げられる青春のロマンスと、エレキギターによるさく裂するサウンドが織りなす1967年3月のハッピーチューン。
若者文化の象徴であるダンスホールやゴーゴー喫茶で、熱狂的な支持を集めたグループサウンズの黄金期を代表する名曲です。
寺内タケシとバニーズの代表作として知られる本作は、アルバム『レッツゴー「運命」』に収録され、第9回日本レコード大賞編曲賞に輝きました。
寺内さんの卓越したギターテクニックとバンドの一体感が生むエネルギッシュなサウンドは、サーフロックの真髄を伝える珠玉の一曲。
青春時代の輝きを思い出したい方や、日本のロック史に触れたい音楽ファンにオススメの一曲です。
ノー・ノー・ボーイザ・スパイダース
ブリティッシュ・ビートの影響を受けた洗練されたコード進行と、魂を揺さぶるロックンロールサウンドが融合した楽曲です。
かまやつひろしさんが手がけた音楽性は、当時の日本のロックシーンに新たな可能性を示しました。
1966年2月にフィリップス・レコードから発売されたシングルで、同年の日活映画『青春ア・ゴーゴー』でも披露されています。
恋愛を題材にしたキャッチーなフレーズが何度も繰り返され、聴く人の心に深く刻まれる印象的な作品です。
斬新なメロディーラインとシャレた雰囲気を持つ本作は、青春時代の甘酸っぱい思い出に浸りたい方や、日本のロック黄金期を代表する名曲を堪能したい音楽ファンにオススメの一曲です。
ケメ子の歌ザ・ダーツ
甘酸っぱい青春の香りが漂う1968年2月1日発売の作品です。
中学3年生がクラスメイトへの恋心を詩につづったことから生まれた本作は、爽やかなメロディと、化学が得意な少女への切ない恋愛を描いた物語に心が躍ります。
実験室でほほ笑む少女へのピュアな思いを込めた歌詞に、明るくコミカルな曲調が重なり、当時の学生たちの共感を呼びました。
ザ・ダーツの歌唱版はオリコンチャート2位、累計60万枚のヒットを記録。
フジテレビ『お笑いタッグマッチ』やアニメ『ケメコデラックス!』でも使用され、数々のアーティストによってカバーされています。
誰しも経験した初恋の記憶を優しく包み込むような楽曲として、永遠の少年少女の心に寄り添い続けています。
受験生ブルース高石ともや

高石ともやさんの通算3作目のシングルで、リリースは1968年(昭和43年)2月。
ちなみにタイトルに「ブルース」というワードが入っていますが、楽曲のメロディやアレンジにブルーズ的な要素は一切ありません(笑)。
どちらかと言えばカントリー/ウェスタン風なアレンジですよね。
少しコミカルな歌詞の中に受験生の悩みや苦しみが見事に表現されていて、今も昔も受験生は辛かったんだなーと実感させてくれますね。
今、10代の現役の受験生の方でも、この曲の歌詞に共感される方は多いのでは?
これもまた理屈抜きでお楽しみいただきたい昭和の名曲のひとつですね!
神様お願い!ザ・テンプターズ

甘い思いを神に懸けた青春の祈りが、切実な恋心とともに響き渡ります。
ザ・テンプターズによる熱いメッセージは、萩原健一さんのハスキーボイスとメンバーの一体感のある演奏で鮮やかに彩られています。
1968年3月に発売された本作は、オリコンチャートで2位を記録し、カネボウ化粧品のCMソングにも起用されました。
ブルースやR&Bの要素を取り入れたサウンドは、グループサウンズ黄金期の象徴として輝きを放ち続けています。
恋に悩む若者の心を優しく包み込む名曲は、純粋な気持ちに素直になりたい時や、大切な人への思いを再確認したい瞬間にピッタリです。
わたしの青い鳥桜田淳子

桜田淳子さんの3枚目のシングルで1973年(昭和48年)8月リリース。
桜田さんは、この曲で第15回日本レコード大賞最優秀新人賞・第4回日本歌謡大賞放送音楽新人賞という、当時の2大タイトルを初め、この年の各音楽賞の新人賞を総なめしたそうです!
まさに昭和のアイドル歌謡の金字塔のような楽曲ですね!
青い鳥の鳴き声を模したような歌詞も印象的ですね。
この曲をリリース当時の桜田さんはまだ10代でしたが、10代でこの歌唱力はなかなかスゴイのではないでしょうか。
昭和のアイドル歌手の実力の高さを感じさせてくれる一曲ですね。
せんせい森昌子

森昌子さんのデビューシングルで1972年(昭和47年)7月リリース。
オリコンヒットチャート在位中の売上げ枚数は 51.4万枚で、森昌子さんご自身の最大のヒット曲だそうです。
当時、山口百恵さん、桜田淳子さんと共に「花の中三トリオ」として取り上げられることが多かった森昌子さんですが、この切ないメロディーの楽曲を演歌的な要素も多く取り入れて見事に歌いこなされていることに軽い驚きを感じてしまいます。
まさに昭和の名曲ですね!
おわりに
さて、ここまで昭和40年代の名曲、ヒット曲たちをご紹介してきましたがいかがだったでしょうか?
記事冒頭にも書きましたが、この時代、日本の音楽史上に残る数々の名曲、ヒット曲が生まれ、またそんな名曲たちの中には後のアーティストによってカバーされた楽曲たちも多く存在します。
まだJ-POPなんていう言葉もなく、ある意味で日本の商用音楽における黎明期だったのかもしれませんが、そんなある意味、混沌とした時代だけに余計に「不朽の名作」が数多く生み出されたような気がします。
まだまだ紹介しきれていない曲たちがありますが、今後またさらに選曲を充実させていきますのでぜひご期待ください。




