日本の唱歌・童謡・わらべうた|世代をこえて歌い継がれる心に響く名曲
子供の頃、家族や友達と一緒に歌った童謡やわらべうたを思い出すことはありませんか?
文部省唱歌をはじめとした懐かしい歌たちは、世代をこえて受け継がれてきた日本の宝物です。
でも、曲名は覚えていても歌詞が出てこなかったり、メロディはわかるのにタイトルが思い出せなかったりすることもあるのではないでしょうか。
この記事では、誰もが一度は耳にしたことのある唱歌や童謡、わらべうたを幅広くご紹介します。
懐かしい歌声に耳を傾けながら、大切な人と一緒に口ずさんでみてくださいね。
- 【懐かしい童謡・民謡・わらべうた】歌い継がれる日本のこころ
- 文部省唱歌の人気曲ランキング【2026】
- 童謡の人気曲ランキング【2026】
- 【日本の民謡・郷土の歌】郷土愛あふれる日本各地の名曲集
- 【わらべうた】歌い継がれる懐かしの名曲たち
- 【みんなのうた】時代を越えて愛され続ける懐かしの名曲・人気曲
- 【日本の唱歌】時代をこえて愛される名曲を厳選!
- カラオケで歌いたい童謡。みんなで楽しめる名曲、人気曲
- 【保育】3歳児にオススメの合唱曲
- 日本の数え歌。懐かしの手まり歌・わらべ歌
- 【こどものうた】保育におすすめのかわいい歌。人気の童謡一覧
- 季節の歌一覧。今の季節に合う曲が見つかる名曲ガイド
- 時代を越えて愛される鉄道唱歌まとめ【全国】
日本の唱歌・童謡・わらべうた|世代をこえて歌い継がれる心に響く名曲(51〜60)
げんこつやまのたぬきさん

歌だけ知っている方も、振り付けと一緒に覚えた方もいるのではないでしょうか?
歌の最後でじゃんけんをするので、ゲーム性があっておもしろいですよね。
振り付けも歌にそって作られているので覚えやすく、レクリエーションにも取り入れやすい歌です。
つくしはつんつん

自然の息吹を感じさせるわらべうたの傑作。
単純な言葉遊びのなかに、植物が芽吹く瞬間の描写が見事に織り込まれていて、まるで春の野山を散策しているような楽しさを味わえます。
音楽としての高い芸術性よりも、気軽に口ずさめる親しみやすさが、長年にわたり愛され続けている理由でしょう。
手遊びとしても親しまれ、保育の現場で幅広く取り入れられています。
日本人の持つ季節感と、自然をいつくしむ心が見事に表現された本作は、子供から大人まで世代を超えて楽しめます。
自然豊かな春の訪れを感じながら、家族や友人と声を合わせて歌ってみませんか?
はないちもんめ

子供の頃、誰もが一度はやったことのある『花いちもんめ』。
実はとても怖い曲といううわさもあり、謎めいているのもまた魅力的ですよね。
また、地方によって歌詞が少し違うのもおもしろいところ。
違う地方の人が同士で遊ぶと、いったいどうなるのでしょうか?
ほたるこい

日本の自然の美しさを子供たちに伝える、伝統的なわらべうた。
夏の夜空に舞うほたるの光を、優しいメロディと掛け声で表現しています。
掛け声が印象的で、輪唱も楽しめる曲です。
盆踊りや夕涼みの時間に、みんなで歌うのにピッタリ。
季節の移り変わりを感じながら、この曲とともに日本の心に触れる時間を過ごしてみませんか?
家族や友人と一緒に歌えば、夏の思い出作りにもなりますよ。
村祭り

軽快で楽しい祭りばやしが特徴の唱歌。
1912年に小学校向け音楽教科書に掲載され以来、各地で親しまれ歌われ続けている名曲です。
ワクワクさせてくれる楽しい歌ですが、近年、村や町の合併などに伴い村が身近にないという理由で、残念なことに教科書から消えていっています。
あめふり

雨降りの日傘を忘れて待っている子供のもとに母親が迎えに来てくれるといううれしい歌です。
蛇の目は蛇の目傘のことで江戸時代から用いられていた傘のことで、歌が発表された大正時代もこの傘が使われていたことがわかります。
あんたがたどこさ

子どもたちがまりつきしながら自分の家についてお友達に教えてあげているのどかな風景。
熊本の田舎。
山の風景が頭に浮かんでくる歌。
ゆっくりとした曲調で、年配の方から小さな子どもまで誰にでも合わせられる歌です。
うさぎうさぎ

うさぎと月を題材にした童謡で十五夜の月をみて跳ねるうさぎの様を描いた歌です。
うさぎと月の関係性は有名な仏法説話のササジヤータカにまでさかのぼるとされています。
お団子をいただきながら子供の頃聴いた懐かしい歌です。
うさぎとかめ

うさぎとかめ、ひとめでどちらが勝つかわかるります。
しかし、最後まで聴いてみると自信過剰で油断してしまったうさぎ。
能力があまりなくても、まじめにこつこつ頑張る亀が最後には勝利したり成功する。
という教訓が歌ってある歌です。
かもめの水兵さん

海にいたカモメの姿を見て水兵さんに見立てて子どもにわかりやすく説明した歌になっています。
歌詞を作った武内順子さんは親戚を見送りに海に来た時たくさんいたカモメをみて作ったと言われており後に海外交流を行った際に英語などほかの言語に訳したと言われています。


