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【高齢者向け】懐かしいクイズで思い出がよみがえる!昭和の芸能・エンタメ・スポーツ問題

昔を振り返るのは楽しいものですよね。

芸能やスポーツ、エンタメなど、懐かしい話題について考えることは、記憶を呼び起こし、心が躍る瞬間でもあります。

みなさんと一緒に、当時の出来事をクイズ形式で振り返ってみませんか?

今では当たり前になっているものや、時代とともに変わっていったもの、そんな思い出話に花を咲かせながら、楽しい時間を過ごしましょう。

「そうそう、あったね!」という楽しい声が聞こえてきそうですね。

暮らし・文化(21〜30)

大正末期から昭和初期にかけて流行した、夏用の女性の衣服は何でしょうか?

大正末期から昭和初期にかけて流行した、夏用の女性の衣服は何でしょうか?

大正末期から昭和初期にかけて流行した、サッと着られる女性用の夏物衣料の名前は「アッパッパ」。

裾がパッと広がっていることを表す大阪の言葉が語源と言われています。

現代におけるファッション関連の流行語の語源は、外国の言葉であることがほとんどですが、国内の方言が語源というところに時代の流れを感じますよね。

昭和4年、東京が40年ぶりの猛暑に見舞われた際に、アッパッパも大流行したのだそう。

私の祖母はいまだに「アッパッパ」と言っているので、もしかしたらまだこの言葉を使われている方がいらっしゃるかも……。

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    昭和35年家庭用のTVに革命が起きました。TVの画面はどうなったのでしょうか?

    昭和35年家庭用のTVに革命が起きました。TVの画面はどうなったのでしょうか?

    昭和35年に家庭用TVに起こった革命的な出来事、それは、カラー放送のスタート!

    昭和28年2月1日にNHKの放送が始まり、同年8月28日に民放局の放送が開始されました。

    その後、リモコン式テレビの販売開始やブラウン管の小型化を経て、昭和35年にようやくカラーでの放送が始まったのです。

    当時のカラーテレビの価格は、大卒初任給の数十倍。

    庶民にはなかなか手の届かない代物でしたが、技術の進歩とともに手に入りやすい価格へと変化していきました。

    昔のテレビの写真や当時の番組の映像を見れば、若かりし頃の思い出がよみがえってくるかもしれませんね。

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      昭和の喫茶店や飲食店のテーブルには、ルーレット式の小型自販機が置いてありました。何の自販機だったのでしょうか?

      昭和の喫茶店や飲食店のテーブルには、ルーレット式の小型自販機が置いてありました。何の自販機だったのでしょうか?

      昭和の喫茶店や飲食店のテーブルには、ルーレット式の小型自販機が置いてありました。

      その中身は、なんと「占いの結果」!

      硬貨を投入してレバーを引くと中のルーレットが回転し、ロール状に巻かれた紙が出てくる仕組みになっていました。

      昭和50年代には、星占いブームと喫茶店ブームのダブル流行によって、この小型自販機の製造数は年間20万台を超えていたのだそう。

      平成に入ってからも、古い中華料理店などで見かけた記憶がありますが、現在ではなかなかお目にかかれない貴重なものとなってしまいました。

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        昭和時代に喫茶店などに置かれ、大ブームになったゲームとは何でしょう?

        昭和時代に喫茶店などに置かれ、大ブームになったゲームとは何でしょう?

        テーブル型の本体に埋め込まれた画面に映し出されるシューティングゲームで、その後家庭用ゲーム機や小型ゲーム機にも展開されたタイトーのゲームですね。

        タイトーから1978年に登場したゲームで、喫茶店などに行くと設置されていたこのゲームの名前はなんでしょうか?

        答えは、は『スペースインベーダー』ですね。

        実際にプレイしたことがある方や、学生や若者がプレイしている様子を見たことがある方は多いのではないでしょうか?

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          歴史・時事問題(1〜10)

          昭和後期から平成初期まで続いた景気が良かった時期を何時代というのでしょうか?

          昭和後期から平成初期まで続いた景気が良かった時期を何時代というのでしょうか?

          昭和の終盤から平成の初期まで日本には好景気がおとずれていました。

          ビジネス面だけでなく社会全体が独特の空気をまとっていたその時期は何時代と呼ばれているでしょうか。

          ヒントは好景気の実態、資産価値の急上昇からの下落という突然にはじけて消えた好景気ということに由来しています。

          答えは「バブル時代」、この時期にだけ流行して消えていったものを知るのもおもしろいですし、この時期に力を蓄えた企業などを知るのもオススメですよ。

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            昭和49年当時、野球界のスーパースター長嶋茂雄が引退したときに「我が巨人軍は」の後に続く言葉は何でしょうか?

            昭和49年当時、野球界のスーパースター長嶋茂雄が引退したときに「我が巨人軍は」の後に続く言葉は何でしょうか?

            日本の野球界を象徴する長嶋茂雄さん、選手としてだけでなく監督としても活躍した人物ですよね。

            その長嶋茂雄さんが選手を引退した昭和49年にスピーチで放った「我が巨人軍は」の後に続く言葉は何でしょうか。

            野球界に残る名言であり、他のジャンルでも引用される言葉で、自分が去ったあともその場所が長く続いてほしいという願いが感じられますね。

            答えは「永久に不滅です」で、長嶋茂雄さんのチームや野球への強い愛情が伝わってくる言葉ですね。

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              昭和時代に小学生の「なりたい職業ランキング」で上位続きだった職業は何でしょう?

              昭和時代に小学生の「なりたい職業ランキング」で上位続きだった職業は何でしょう?

              どの時代も子供たちは夢を持っているもの、ただしなりたいと感じる職業はその時に目にするものの違いで変わってきますよね。

              そんな子供のなりたい職業に注目、昭和の子供たちにとって人気が高かった職業といえば何だったでしょうか。

              日常の中で子供たちが楽しみにしていたものが何か、どのようなスターが存在していたのかという部分でも、答えが思い浮かびますね。

              答えは野球選手、スポーツ選手はどの時代も人気が高い職業ですが、かつては野球の人気が特に高かったことからも、野球選手と答える子供が多かったようです。

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                昭和24年から昭和46年まで1ドルは日本円でいくらだったでしょうか?

                昭和24年から昭和46年まで1ドルは日本円でいくらだったでしょうか?

                昭和24年から昭和46年までは1ドルが日本円でいくらなのかが固定されていました。

                ではその価値はいくらだったでしょうか。

                ヒントは日本が戦後にどのように動いてきたかで、輸出で復興していったことを考えると、大まかな金額がわかってくるのではないでしょうか。

                答えは「360円」、そこから相場がどのように変わったかを知れば、日本の成長が知れるのでオススメですよ。

                難しい話題ではありますが、ドルの金額でどのような現象が起こるのかもあわせて知っていきたいですね。

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                  昭和45年大阪で開催された、日本万博国博覧会のシンボルとなった建造物の名前は何でしょうか?

                  昭和45年大阪で開催された、日本万博国博覧会のシンボルとなった建造物の名前は何でしょうか?

                  芸術家の岡本太郎さんがデザインし、昭和45年に開催された日本万国博覧会のシンボルとなった太陽の塔。

                  白く大きな体に、顔が表に2つ裏に1つあり、特徴のある塔です。

                  塔の上の方にある顔は黄金の顔、正面の太陽の顔、背面の黒い太陽というそうですよ。

                  高齢者の方の中にも、太陽の塔を見たことがある方もいることでしょう。

                  インパクトがあるデザインのこの塔は、当時多くの人を魅了しました。

                  大阪万博閉幕後に解体される予定でしたが、保存を求める声が多く集まり昭和50年に永久保存が決定したそうです。

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                    日本の初代内閣総理大臣は誰?

                    日本の初代内閣総理大臣は誰?

                    日本で最初に総理大臣になったのは、伊藤博文です。

                    1885年から1888年まで、総理大臣を務めました。

                    それ以降も、1892年から1896年、1898年、1900年から1901年と、計4回総理大臣に就任していますよ。

                    さらに、伊藤博文は、1963年11月1日から1986年 1月4日まで発行されていた、1000円札にも描かれていました。

                    業績としては、日本の伝統や西洋の文化や近代的な統治システムを掛け合わせた、大日本帝国憲法を作ったことでも有名ですよ。

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