【高齢者向け】懐かしいクイズで思い出がよみがえる!昭和の芸能・エンタメ・スポーツ問題
昔を振り返るのは楽しいものですよね。
芸能やスポーツ、エンタメなど、懐かしい話題について考えることは、記憶を呼び起こし、心が躍る瞬間でもあります。
みなさんと一緒に、当時の出来事をクイズ形式で振り返ってみませんか?
今では当たり前になっているものや、時代とともに変わっていったもの、そんな思い出話に花を咲かせながら、楽しい時間を過ごしましょう。
「そうそう、あったね!」という楽しい声が聞こえてきそうですね。
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芸能・エンタメ・スポーツ(1〜10)
昭和33年頃に当時の子供たちの間で流行したヒーローといえば、何仮面でしょうか?
昭和33年ごろにヒットし、当時の子供に流行したヒーローといえば誰でしょうか。
日本のヒーロー番組の元祖であり、その後のヒーロー番組に大きな影響を与えた作品なのでヒーローの記憶をたどれば思いつく人もいるかもしれませんね。
ヒントは仮面のヒーロー、誰かは知らないが誰もが知っているヒーローという点でしょうか。
答えは「月光仮面」、白いターバンと覆面に黒いサングラスをかけた独特のビジュアル、オートバイにのって人々を救う姿が印象的ですね。
悪者であっても過剰に傷つけない、強い信念を持ったヒーローですね。
パネルクイズ『アタック25』の司会を36年間にわたって務めたのは誰でしょうか?
パネルクイズ『アタック25』は昭和50年に放送を開始したクイズ番組、クイズへの知識だけなく、パネルを取り合う戦略性もおもしろいポイントですよね。
そんな『アタック25』で司会を36年間にわたって務めた人物といえば誰でしょうか。
この番組の象徴ともいえる人物なので、番組のセットとあわせて思い浮かぶという場合もあるかもしれませんね。
答えは児玉清さん、回答に対する冷静なリアクション、すっと言葉が回ってくる解説なども魅力でしたね。
昭和39年の東京オリンピックで、女子バレーは金メダルを獲得しました。この活躍から「東洋の」何と呼ばれたでしょうか?
答えは「東洋の魔女」です。
1964年の東京オリンピックでの金メダル獲得の3年前、当時の日本代表の中心だった「日防貝塚」という企業チームがヨーロッパ遠征をして、代表チームを相手に連勝を達成した時に現地のスポーツ紙が「東洋に魔法使い」と見だしを付け、それを日本のメディアが「東洋の魔女」と言い換えたのが始まりだそうです。
「東洋の魔女」は東京オリンピックの金メダル以降も勝ち続け、連勝記録は258まで続きました。
芸能・エンタメ・スポーツ(11〜20)
昭和39年に開催された東京オリンピックでは、ある落語家の方が聖火ランナーとして走りました。その落語家は誰でしょうか?
オリンピックの聖火ランナーはスポーツ選手や著名人など、さまざまな人が走るところも注目のポイントですよね。
昭和39年に開催された東京オリンピックでは、ある落語家の方が聖火ランナーとして走りました。
その落語家は誰でしょうか。
ヒントはテレビで目にする機会も多い長く愛される落語家、国の代表という厳格なイメージはない人かもしれませんね。
答えは「三遊亭小遊三さん」、当時は落語家として走っていたわけではなく、高校生の卓球選手としての聖火ランナーへの抜てきだったそうです。
橋幸夫さん、西城秀樹さん、舟木一夫さんこの中で「御三家」ではない人物は誰でしょうか?
橋幸夫さん、西城秀樹さん、舟木一夫さん、この中で「御三家」ではない人物は誰でしょうか。
ヒントはそれぞれが活躍した時期で、御三家は1960年代半ばごろに大きく活躍していたイメージですね。
答えは「西條秀樹さん」、「御三家」には橋幸夫さんと舟木一夫さんに加えて、西郷輝彦さんが該当します。
西條秀樹さんは主に1970年代に活躍し、同じ時期に活躍した郷ひろみさんや野口五郎さんとならんで「新御三家」と呼ばれていました。
昭和41年に初来日したイギリスの大人気バンドグループの名前な何でしょう?
音楽には詳しくない……そんな方でも一度は耳にしたことがあるでしょう。
伝説的バンド、ビートルズです。
昭和41年に来日し、日本武道館にて日本公演をおこないました。
三日間に渡りおこなわれたその公演は、忘れられない人も多いと思います。
当時の若者たちの熱狂ぶりはニュースになるほどでした。
もし見に行った方がおられたら、大変貴重な経験をお持ちですね。
1970年に事実上解散したビートルズですが、彼らの音楽は今なお多くの人々の胸に残っています。
現在は10本のピンで競技をするボウリングですが、以前の本数は違いました。ピンの数は何本だったでしょうか?
古代エジプトにもあったとされるボウリングは、ピンの本数や置き方はバラバラだったそうです。
その後、現在のようなひし形の形に9本ピンを置くように統一されました。
9本のピン「ナインピンズ」としてアメリカでも親しまれていました。
しかし賭け事に利用されてしまい法律で「ナインピンズボウリングを禁ず」と決まりました。
そこで「ピンを10本にすれば法律に触れない」という考えから、10本ピンのボウリングが誕生したそうですよ。



