RAG MusicClassic
素敵なクラシック

ヨハン・シュトラウス2世|名曲、定番曲をご紹介

オーストリアのウィーンで活躍したロマン派を代表する作曲家、ヨハン・シュトラウス2世。

ウィンナーワルツやチェコの民俗舞曲であるポルカなど、舞踊のための音楽を中心に作曲した彼は、「ワルツ王」や「ウィーンの太陽」と呼ばれていました。

さらに、オペレッタ曲でも傑作を生み出したことで「オペレッタ王」とも呼ばれ、オーストリアだけでなくヨーロッパ中で絶大な人気を博しました。

この記事では、そんなシュトラウス2世の名曲や定番曲をご紹介します。

ぜひ、彼の華やかな音楽に浸ってみてはいかがでしょうか?

ヨハン・シュトラウス2世|名曲、定番曲をご紹介(31〜40)

アンネン・ポルカJohann Strauss II

ヨハン・シュトラウス2世作曲 ポルカ「アンネンポルカ」
アンネン・ポルカJohann Strauss II

ヨハン・シュトラウス2世にはややマザー・コンプレックスの気があったと言われており、母アンナにひそかに捧げたものともいわれる曲です。

父のヨハン・シュトラウス1世も同名の「アンネン・ポルカ」を1842年に作曲しており、こちらも有名な作品でありますが、曲調が全く違う仕上がりになっています。

インディゴと40人の盗賊Johann Strauss II

1870年はヨハンの身内に不幸が続き、死に対して病的に恐れていたヨハン・シュトラウス2世は精神的にすっかり参ってしまいました。

創作意欲を失っていたヨハン・シュトラウス2世は周りからオペレッタの作曲を熱烈に勧められた。

オッフェンバックにもオペレッタの作曲を勧められていたこともあり、ヨハンはオペレッタへの道を進むことにした。

最初のオペレッタの曲であり、千夜一夜物語を題材とした作品です。

エジプト行進曲Johann Strauss II

Ägyptischer Marsch op. 335 – Johann Strauss II
エジプト行進曲Johann Strauss II

当初、コーカサス地方の少数民族チェルケス人の名を冠した「チェルケス行進曲」というものでした。

スエズ運河が開通し、さまざまな作曲家が曲を提供しました。

スエズ運河の開通はヨーロッパの人々を刺激し、東方への興味を掻き立てました。

こうした雰囲気の中で、シュトラウス2世もスエズ運河開通にちなんで「チェルケス行進曲」を「エジプト行進曲」に変更しバーデン大公フリードリヒ1世に献呈しましたが、コーカサス地方というところに現在のエジプトはなく曲の感じもどちらかというとロシア系に感じます。

爆発ポルカJohann Strauss II

Explosions-Polka op. 43 – Johann Strauss II
爆発ポルカJohann Strauss II

曲の名前は、ニトロが発明されたことにより、爆発ポルカとなりました。

他にもヨハン・シュトラウス2世は流行のものを作品の中に取り入れていたようです。

当時若者の間では「爆発的」という言葉も流行しておりました。

「楽しい爆発まつり」というチャリティコンサートのために作られました。

このポルカは全曲にわたってたくさんの爆発を思わせる効果を取り入れており、とくに曲の最後には大きな爆発音が入ります。

狩りのポルカJohann Strauss II

ヨハン・シュトラウス2世が作曲したポルカです。

オペレッタに登場した音楽をポルカやワルツに編曲する事が多かったヨハンが、875年に作曲された『ウィーンのカリオストロ』の中の「おお、私の駿馬よ」から引き出して作曲した曲です。

ヨハン・シュトラウス2世|名曲、定番曲をご紹介(41〜50)

皇帝フランツ・ヨーゼフ1世救命祝賀行進曲Johann Strauss II

Kaiser Franz Josef I, Rettungs-Jubel Marsch op. 126 – Johann Strauss II
皇帝フランツ・ヨーゼフ1世救命祝賀行進曲Johann Strauss II

宮廷から嫌われていたヨハン・シュトラウス2世が式典に便乗して作曲したのを皇帝に献上し、宮廷でのダンスの指揮をようやく許されたヨハン・シュトラウス2世は「皇帝フランツ・ヨーゼフ1世救命祝賀行進曲」を作曲するなどし、宮廷での仕事ができるようになりました。

ワルツ「春の声」独唱付きJohann Strauss II

Strauss – Kathleen Battle – Frühlingsstimmen – Voices of Spring
ワルツ「春の声」独唱付きJohann Strauss II

華やかで幸福感に満たされる曲「Frühlingsstimmen:春の声」は、ハンガリーのブダペストのパーティーでシュトラウスⅡ世の親友の大ピアニストであるリストが主催者の女性と即興演奏のピアノのを弾いて楽しんでいた時に、その曲から発想を得てヨハン・シュトラウスⅡ世が作曲した、世界的に有名な声楽ワルツ曲です。