沖縄の民謡・童謡・わらべうた。歌い継がれる故郷のこころ
沖縄の音楽って独特の雰囲気があって、好きな方多いのではないでしょうか?
沖縄では長い間、独自の文化が育まれています。
そのため、琉球音階のような独特の響きと沖縄の方言による歌詞が相まって、ほかにはない魅力を放っています。
この記事では、そんな沖縄の音楽の中でも長い間大人から子供へ歌い継がれる民謡、わらべ歌をたっぷりと紹介していきますね!
これから紹介する曲を聴いて、あなたも沖縄の心を歌い継いでくださいね。
沖縄の民謡・童謡・わらべうた。歌い継がれる故郷のこころ(41〜50)
豊年音頭

アップテンポな音頭のリズムが気持ちいい『豊年音頭』。
この曲は手首を左右に振りながら速いスピードで踊るための琉球民謡、「カチャーシー」というジャンルの曲なんです。
カチャーシーソングの代表作である『唐船ドーイ』とともに、この歌は沖縄では非常にポピュラーなんですよ!
ところどころ裏拍を強調した太鼓のフレーズが印象的な本曲は、まるで沖縄民謡版のロックンロールといった感じ。
これはエイサーで踊らずにはいられませんね!
遊び庭前川守賢

沖縄民謡を専門にしている歌手、前川守賢さん。
彼が1988年にリリースした『遊び庭』は、軽快なリズムでとても聴きやすい1曲。
ちなみにタイトルは「あしびなー」と読むんですよ。
現代のポップスにも通じるような聴きやすいアレンジは、普段沖縄民謡を聴かない人にもオススメできそうですね。
沖縄のカラオケボックスでもこの曲は人気があるそうで、親しみやすい曲調が多くの人に愛されていることがわかります。
知名度が高いのでエイサーで踊るための曲としてもよさそうですよ!
てぃんさぐぬ花夏川りみ

沖縄に古くから伝わる教訓歌を、夏川りみさんがカバーした名曲です。
親から授かった言葉を大切に心に刻むことを、ホウセンカの花を爪に染める情景に重ねて歌っています。
夏川りみさんの、どこまでも澄み渡るような透明な歌声と三線の素朴な音色に心洗われる、慈愛に満ちた心に染み入る1曲です。
この楽曲は2009年11月発売のアルバム『おきなわうた~琉球の風を感じて~』に収録された作品で、沖縄県の県民愛唱歌にも選ばれました。
ゆいレールの駅メロディとしても親しまれているそうです。
世代を超えて受け継がれる愛情と知恵に、思わず心が温かくなりますね。
ちんぬくじゅうしいFour Sisters

沖縄都市モノレールの見栄橋駅で流れてくる、沖縄の少し昔の懐かしい家庭の風景がテーマの歌です。
沖縄夕暮れの様子が目に浮かびます。
家族の関係が希薄になっている今、この曲と歌詞に込められた人の情けは、私たちに感動を与えてくれます。
三村踊りありあり娘

小禄、豊見城、垣花の三村を歌った歌とされています。
土地の名前を並べてその土地特有の名産品などの話を盛り込んでいます。
その後、上泊、泊、元の泊と三村に名を変えて演奏されたりもしています。
沖縄都市モノレールの小録駅の発車メロディーです。
沖縄の民謡・童謡・わらべうた。歌い継がれる故郷のこころ(51〜60)
谷茶前節ティンクティンク

沖縄県恩納村にある谷茶地域で歌われた歌です。
谷茶前の浜にスルル(きびなご)が押し寄せてきたぞ!!いや、あれは大和ミズンだぞ!!という滑稽なやりとりからはじまり、男たちが獲って、女たちが売り歩くといった様子を描写し、売った後の娘たちの魚の匂いが漂う様子までもが伝わります。
沖縄都市モノレールの那覇空港駅の発車メロディーです。
かなさんどー前川守賢

「かなさんどー」とは「愛しいぞ」という意味。
「愛しているよ」という意味でも使われます。
サビの歌詞からは、永遠の愛へつながる温かさが感じられます。
いつも明るい前川守賢。
沖縄では「元ちゃん」というニックネームで親しまれ、沖縄県民に愛された元ちゃんらしい曲です。
汗水節大城美佐子

とてもリズミカルな曲調もあり、多くの人に愛され、教訓歌として今も歌い継がれています。
貧しい時代背景をあらわしており、働くことのすばらしさ、子どもに教育をうけさせることの意義、人々のために働くことの意義が、込められています。
ヒヤミカチ節登川誠仁

「ひやみかち」とは、「えい、気合を入れるぞ」という意味があり、沖縄戦で荒廃した沖縄と人々の心を奮い立たせたいという思いが詰まった歌です。
今では沖縄民謡の速弾きの歌の代表曲となっていますが、もとはゆっくりした曲でした。
民謡ブームの中でどんどん速くなっていったようです。
歌っても楽しい、聴いても楽しいということで、三線を練習し始めた人たちがあこがれる曲の一つです。
西武門節知名定男 & 宮里康子

西武門とは、遊郭があった辻地域の入り口のところをさします。
辻地域では、売春や社交の場として、当時は、人身売買もおこなわれていて、貧しい地方の子供も売られてきました。
彼女たちは「じゅり」と呼ばれ、歌三線の芸を積み、新しい歌や三線の技術も高められました。
西武門節は首里の役人と遊女の歌です。


