【高齢者向け】面白くてためになる!雑学やクイズをご紹介
高齢者の方との会話が続かないときや、何を話したらいいのか悩んでしまうことはありませんか?
そんなときはコミュニケーションに、面白い雑学を取り入れてみてはいかがでしょうか?
会話が盛り上がり、今まで知らなかった知識が増えて、きっと楽しい時間を過ごせますよ。
高齢者の方になじみのある雑学や、答えを聞いて驚くようなものもありますよ。
レクリエーションのネタとしても、雑学クイズがオススメです。
座ってでき、性別を問わないので、多くの方に楽しんでいただけそうですね。
クイズは、脳を刺激し認知症予防や症状を遅らせることにもつながります。
楽しみながら雑学クイズを取り入れてくださいね。
【高齢者向け】面白くてためになる!雑学やクイズをご紹介(111〜120)
日本初のカレーに、あるものの肉使われていました。何の肉でしょうか?

カレーといえば、牛や鶏、豚がメジャーですが、それ以外の肉とは一体なんなのでしょうか。
ヒントは、今では考えられない、答えを聞くと嫌悪感を覚える方もいるかもしれないということ、雨の季節によく鳴き声が聞こえてくる生き物であるということ、子供の頃と大人のときと見た目がまったく違う生き物ということなどがあげられます。
その答えは、かえる!
実はかえるは世界的に見ると、食用として食べられている地域も多く、味は鶏肉に近いそうですよ。
旧暦では10月は「神無月」と呼ばれていました。日本中の神様がある場所に集まることが由来だそうです。その場所はどこでしょうか?

旧暦では10月を神無月と呼びますよね。
これは、日本中の神様がある場所に集まり、全国各地から神様がいなくなってしまうことが由来なんです。
そこで出題するのが「その場所はどこでしょうか」という問題です。
正解は「出雲大社」です。
そのため出雲大社がある島根県では10月を「神有月」と呼ぶんですよ。
ちなみに神様が集まる理由は諸説あり、縁結びとも葬儀ともいわれています。
その他にも「神無月」に関する伝承はたくさんあるので、調べてみるのも楽しいでしょう。
昭和30年頃に日本の都市部で流行した、みんなで合唱する喫茶店を何喫茶と呼んだのでしょうか?

いつの時代も人々の心に寄りそってきた歌は、その時によってさまざまな形で愛されています。
カラオケボックスが出現する以前に流行していた、昭和30年頃に日本の都市部を中心に広まったみんなで合唱する喫茶店は何と呼ばれていたでしょうか。
さまざまな楽器に合わせて、そこにいる人々が歌声を重ねる光景が伝わりやすい名前ですよ。
答えは「歌声喫茶」、人々が歌声を重ねることで連帯感が高まり、学生運動や労働運動にも大きな影響を与えたといわれています。
昭和35年家庭用のTVに革命が起きました。TVの画面はどうなったのでしょうか?

昭和35年に家庭用TVに起こった革命的な出来事、それは、カラー放送のスタート!
昭和28年2月1日にNHKの放送が始まり、同年8月28日に民放局の放送が開始されました。
その後、リモコン式テレビの販売開始やブラウン管の小型化を経て、昭和35年にようやくカラーでの放送が始まったのです。
当時のカラーテレビの価格は、大卒初任給の数十倍。
庶民にはなかなか手の届かない代物でしたが、技術の進歩とともに手に入りやすい価格へと変化していきました。
昔のテレビの写真や当時の番組の映像を見れば、若かりし頃の思い出がよみがえってくるかもしれませんね。
昭和39年に開催された東京オリンピックでは、ある落語家の方が聖火ランナーとして走りました。その落語家は誰でしょうか?

オリンピックの聖火ランナーはスポーツ選手や著名人など、さまざまな人が走るところも注目のポイントですよね。
昭和39年に開催された東京オリンピックでは、ある落語家の方が聖火ランナーとして走りました。
その落語家は誰でしょうか。
ヒントはテレビで目にする機会も多い長く愛される落語家、国の代表という厳格なイメージはない人かもしれませんね。
答えは「三遊亭小遊三さん」、当時は落語家として走っていたわけではなく、高校生の卓球選手としての聖火ランナーへの抜てきだったそうです。