平成の名曲。平成を代表するヒットソング
1989年から2019年までの31年間続いた平成の時代。
昭和の終わりからのJ-POP黄金期である90年代をへて、音楽の聴き方が変わって次々と新しいアーティストが活躍した2010年代まで、たくさんのヒット曲が生まれましたよね!
この記事では、長年愛されるJ-POPから記憶に新しい平成後期のヒット曲まで、平成時代を彩った名曲たちを紹介していきますね!
懐かしい曲も多く、聴いているだけで当時の思い出がよみがえるすてきなソングリストになりました。
令和の時代、さらに次の時代にも歌い継がれるべき名曲を、ぜひ聴いてくださいね!
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平成の名曲。平成を代表するヒットソング(11〜20)
M浜崎あゆみ

平成の音楽シーンを語る上で、この浜崎あゆみを欠かす事はできないでしょう。
浜崎あゆみと言う音楽ジャンルを作り上げたのですから。
その後を引き継ぐアーティストたちも多数現れましたが、金字塔は崩れはしないですよね。
そしてこの『M』は、最大にして最強のナンバー。
単調なロックチューンなのですが、聴いていると不思議と涙があふれてくる不思議な曲です。
お聴きになられたことのない方には、オススメです。
世界に一つだけの花SMAP

平成の国民的大ヒットソングの『世界に一つだけの花』。
ジャニーズといえばSMAPと言われるほどでしたよね。
槇原敬之が作詞、作曲したことでも知られています。
その聴きやすいメロディーは一度聴けば覚えられるほどで多くの人から愛されている曲です。
まさに平成のベストソングです!
愛唄GReeeeN

昭和の時代は音楽のみでしたが、平成になり動画サイトなどの発展で音楽と映像がリンクしていた時代に、GReeeeNは、顔をまったく見せず、音楽のみでヒットチャートをにぎわしたアーティスト。
この『愛唄』は本当の意味での音楽と歌詞と歌のみで勝負した曲。
令和の時代、それは難しいのかもしれませんが、原点に立ち返って、音楽から映像を想像させるようなアーティストが多く出てくる事を願います。
令和でもGReeeeNに頑張って欲しいと思います。
冒険者たちDo As Infinity

疾走感あふれるベースラインが印象的な、Do As Infinityを象徴するロックナンバー。
未知なる世界へ踏み出す勇気や、道なき道を切り開いていく覚悟が高らかに歌い上げられています。
たとえすべてを失っても、前を向いて進み続けようとする力強いメッセージは、聴く人の心に火をつけてくれますよね。
2001年9月に発売された本作は、花王「ラビナス」のCMソングとしても起用され、名盤であるアルバム『DEEP FOREST』のクライマックスを飾る重要な楽曲となりました。
新しいことに挑戦したいときや、くじけそうな自分を奮い立たせたいときに、思いきり歌ってみてはいかがでしょうか。
渚にまつわるエトセトラPUFFY

井上陽水と奥田民生の2人のプロジェクトの一環として生まれたのがPUFFYでした。
デビュー曲『アジアの純真』を作る前に井上陽水が2人に「アジア好き?」と聴いたそうです。
2人の天才が生み出す楽曲に天才的な感性を持つPUFFYの2人が、この『渚にまつわるエトセトラ』を生み出したのでしょうね。
デビュー20周年を迎えまだまだ、令和の時代に活躍する2人に目が離せません。
TOMORROW岡本真夜

平成の応援ソングを語るにおいて、この『TOMORROW』は欠かせないと思います。
岡本真夜の声は、元気があり針のある声ではありませんが、それゆえに余計に「頑張らないと」って思えたものです。
悲しい事があった分だけ強くなれるって信じて、つらい状況にも耐えよう。
明日は僕のために来るんだって、この『TOMRROW』を聴きながら頑張っていきましょう。
平成の名曲。平成を代表するヒットソング(21〜30)
Lemon米津玄師

平成最後に突如現れた、天才的アーティスト。
実は米津玄師は、平成中期に「ハチ」と言う名前で、ある動画サイトでボカロ作り手の名手として再生回数1000万回をこえる人気アーティストでした。
正直メジャーに出てくるとは思っていませんでした。
米津玄師が、この『Lemon』を通じ与えた影響は、音楽をよく知らない人でも「音楽ってかっこいいなぁ」って思わせてくれた事。
令和の時代にも音楽の楽しさを伝え続けていっていただきたいアーティストです。


