1980年代の邦楽ヒット曲、今でも耳に残る懐かしの名曲集
1980年代といえば、今なお人気が衰えることがない名曲がたくさん登場した時期ですよね!
現在活躍しているミュージシャンに影響を与えたアーティストなどもたくさん活動した時代で、ミリオンセラーが爆発的に生まれる1990年代を前にしたJ-POP創世期といえるのではないでしょうか?
この記事では、そんな名曲ぞろいの80年代ヒット曲の中から、とくにオススメの曲をたっぷりと紹介していきますね!
当時の思い出がよみがえるような、懐かしいヒット曲たちをぜひお楽しみください。
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1980年代の邦楽ヒット曲、今でも耳に残る懐かしの名曲集(71〜80)
言葉に出来ないオフコース

澄み渡る声が印象的な1982年リリースの23枚目のシングルです。
明治生命のCMソングとして、小田和正さん本人がセルフカバーしています。
金沢シーサイドラインの鳥浜駅・並木中央駅・八景島駅では、駅メロディとして流れています。
ジュリアに傷心チェッカーズ

1985年年間オリコンチャート1位に輝いたチェッカーズの代表曲のひとつです。
藤井フミヤさんがボーカルをつとめていたバンドとして有名ですが、実は藤井フミヤさんの実弟である尚之さんがサックスをつとめており、この曲はイントロから尚之さんのサックスがシビれます。
北酒場細川たかし

今では信じられないかもしれませんが、1980年代は、ヒットチャートの半分を演歌が占める時代でした。
細川たかしさんもデビュー曲はヒットしたものの、そのあとヒット曲がなく、時代が後押ししてかこの『北酒場』で起死回生の大ヒット。
まさに、演歌ブームの火付け役にもなった曲でもあります。
令和の時代にも、演歌ブームが来るのでしょうか?
楽しみですね。
1980年代の邦楽ヒット曲、今でも耳に残る懐かしの名曲集(81〜90)
キスしてほしいTHE BLUE HEARTS

1987年11月に発売された2ndシングル曲です。
プロ野球中日ドラゴンズ藤井淳志選手が2009年から入場曲に使用していることでも有名です。
たくさんのバンドが出てきた時代の中でもとてもすてきなバンドでした。
め組のひとRATS&STAR

日本ではじめてドゥーワップスタイルに取り組んだ音楽ユニット、シャネルズからラッツ&スターに改名して1枚目のシングル曲です。
当時は大ヒットを記録し、その斬新なヴィジュアルから今でも語り継がれる伝説的グループ。
初期はなかなか日本では受け入れられなかったというエピソードもあります。
それになぜか、顔を黒く塗る行為=差別としてメディアに差別され、批評を受けたこともありました。
しかし、初期から山下達郎さんは彼らを評価していたそうです。
ギンギラギンにさりげなく近藤真彦

1981年に発売された、80年代を象徴するポップスの名曲。
派手な演出と近藤真彦さんのカリスマ性あふれるパフォーマンスで、多くのファンを魅了しました。
ハウス食品「ククレカレー」のCMソングにも起用されて、大ヒットを記録。
当時の若者文化やファッション、恋愛観を色濃く反映した歌詞が印象的です。
さりげなく生きる青年の姿を描いた本作は、自分らしさを大切にしながらも周囲と調和したいという思いが込められています。
派手すぎず、でも確かな存在感を放ちたい。
そんな気分のときにぴったりの1曲ですね。
BODY TO BODYSOFT BALLET

1986年に結成されたこちらのバンドは、1989年にメジャー・デビューしましたが、1995年7月23日の渋谷公会堂のライブをもって活動停止しました。
電子音楽のようなクールで無機質なサウンドをベースに、遠藤さんの歌唱やサポートミュージシャンなどによってロック色も強く持ったスタイルは、日本の音楽シーンにも影響を及ぼしました。



