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素敵なヒットソング

60年代懐かしの歌謡曲の名曲・ヒット曲

グループサウンズやロックなどが注目されがちな1960年代ですが、当時のチャートの大半を占めていたのは歌謡曲でした。

実際、まだまだ演歌も人気な時代で、当時に子どもとして過ごしていた方でも演歌や歌謡曲のレパートリーはたくさんあると思います。

今回はそんな1960年代の音楽のなかでも、懐かしの歌謡曲をピックアップしました。

1960年代は王道の歌謡曲が最も注目を集めた時代です。

音楽とともに当時の想い出を振り返りたい方は、ぜひ本記事を最後までチェックしてみてください。

60年代懐かしの歌謡曲の名曲・ヒット曲(31〜40)

柳ヶ瀬ブルース美川憲一

美川憲一が1966年に発売した3作目のシングル盤レコードで、美川憲一が演歌・ムード歌謡路線に方向転換する転機になった曲と言われています。

「ご当地ソング」という言葉は、当曲が評判になり始めた頃に使われだした言葉で、この曲がきっかけになったと言っても過言ではないです。

美川憲一の代表曲の一つになっています。

遠くへ行きたいジェリー藤尾

追悼 遠くへ行きたい ジェリー藤尾 2018
遠くへ行きたいジェリー藤尾

1962年発売沢山のアーティストがカバーされている曲ですが、元はNHKの「夢であいましょう」という番組の今月の歌としてジェリー藤尾さんが歌ったのが始まりです。

その後は今もなお日本テレビ系でタイトルそのままの番組で曲が流れています。

どこか哀愁がありどこか故郷を思い出すいい曲ですね。

ブルー・ライト・ヨコハマいしだあゆみ

1968年発売今は女優で活躍されているいしだあゆみさんですが、当時は次々とヒットを飛ばす売れっ子歌手でした。

この曲は横浜をますます都会的なイメージにしたしゃれた曲です。

いしだあゆみさんの美しさと服のセンスの良さは女性でも男性でも話題となっている方でした。

こまっちゃうナ山本リンダ

素人弾き語り 困っちゃうナ 山本リンダ
こまっちゃうナ山本リンダ

山本リンダのデビューシングルとして1966年に発売され、累計売上は70万枚を突破し、同年の「第18回NHK紅白歌合戦」で紅白初出場を果たしました。

この際に山本はピンクのミニスカート姿で本作を歌唱しており、当時は舌っ足らずな口調も重なり、いわゆる「可愛い子ちゃん歌手」と言われました。

花の首飾りザ・タイガース

1968年発売当時絶対的な人気を誇るGSといえばザ・タイガースだったのですが、この曲のメインボーカルはジュリーこと沢田研二さんではなくトッポこと加橋かつみさんが歌いました。

曲の静けさとトッポの乾いた歌声がマッチして、大ヒットとなりました。

花の首飾りは田舎ではどこにでもある草花の茎をうまく編みこんで、誰でも遊びで作っていたものです。

夜明けのうた岸洋子

岸洋子が1964年に発売した楽曲で、翌1965年に本楽曲を基にした同名の日活­制作の歌謡映画が公開されました。

岸洋子の代表曲の一つとして知られており、岸は本楽曲で第6回日本レコード大賞の歌唱賞を受賞し、1964年の「第15回NHK紅白歌合戦」に初出場を果たしました。

君だけを西郷輝彦

西郷輝彦「君だけを」(オフィシャルオーディオ)
君だけを西郷輝彦

1964年発売西郷輝彦さんのデビュー曲です。

若かりし西郷さんのレコードジャケットですが、独特の歌い方と2枚目歌手として人気が徐々に上がり、橋幸夫さんと三田明さんと御三家と呼ばれていました。

今でも精力的にコンサートをこなす西郷さんですが、体力をつけるために毎日のように2時間位のウォーキングをされているそうです。

五番街のマリ−へペドロ&カプリシャス

ボーカルを何度か入れ替えながらも、常に人気を集め続けた音楽グループ、ペドロ&カプリシャス。

有名シンガーを多く輩出してきたグループですが、中でも印象深いのは高橋真梨子さんがボーカルを務めていた時代ではないでしょうか?

こちらの『五番街のマリ−へ』は、そんな高橋真梨子さんが歌う、非常にほっこりとした作品です。

切ない歌詞ですが、メロディーはゆったりとした明るい曲調なので、思い出を振り返るという意味では大いに盛り上がる作品と言えるでしょう。

愛の奇跡ヒデとロザンナ

25En.愛の奇跡/ヒデとロザンナ(cover)by Deja Vu @蒲田 Catfish Tokyo 20171228
愛の奇跡ヒデとロザンナ

1968年発売ヒデさんもロザンナさんも若い頃の映像です。

この時代は男女のデュエットはよく交際などの質問をされていたようですが、ロザンナさんはひそかにヒデさんに片思いしていたそうです。

まさしく愛の奇跡を自でいく歌になっているのですが、ヒデさんと結婚後はとても献身的に尽くしていました。

星影のワルツ千昌夫

千昌夫の6枚目のシングルとして1966年に発売されました。

170万枚を超える売上を記録し、オリコンチャートでは1位を獲得し、累計売上は250万枚を達成しました。

1966年の発売当初は売れ行きは低調でしたが、各地の有線放送から火が付いてヒットにつながったと言われています。