1970年代懐かしの邦楽ヒット曲。アイドルと歌謡曲の黄金時代
70年代の邦楽のヒット曲というとどんな曲を思い浮かべますか?
当時リアルタイムで過ごされていた方は、さまざまなヒット曲を思いめぐらせると思います。
カラーテレビが広まったことにより、見る視点でも音楽の楽しみ方ができました。
70年代は歌謡曲やアイドルの黄金時代とも言われています。
生まれていない世代の方でも、「あれ、聴いたことがある!」となるような、親しみやすい曲も数多くありますよ!
そんな魅力的な70年代ヒット曲をぜひお楽しみください!
- 70年代懐かしの邦楽アイドルの名曲・ヒット曲
- 70年代の懐かしのヒット曲、名曲まとめ
- 【1970年代】邦楽ヒットソング集。懐かしの日本の名曲
- 70年代のアイドルのデビュー曲
- 人気の昭和ポップス。色褪せないヒット曲
- 【昭和歌謡】70年代にヒットした邦楽ラブソングまとめ
- 【70代の方にオススメ】懐かしの名曲。青春ソングまとめ
- 70年代の偉大な演歌の名曲・ヒット曲
- 心に響く、昭和の泣ける名曲
- 古き良き時代を感じさせる。現代でも愛されている昭和の感動ソング
- 【心に残る青春ソング】70年〜80年代ニューミュージックの名曲を振り返る
- 【2026年版】60代の方が好きな曲。懐かしい青春時代の名曲
- 【冬の歌】昭和の名曲。冬に聴きたい人気ソング
1970年代懐かしの邦楽ヒット曲。アイドルと歌謡曲の黄金時代(11〜20)
ナオミの夢ヘドバとダビデ

1971年にシングルリリースされ、4週にわたりオリコン1位を獲得、67万枚を売り上げた大ヒット曲です。
イスラエル人の歌手ヘドバとダビデが、東京国際歌謡音楽祭に出場し、ヘブライ語で『ナオミの夢』を披露。
みごとグランプリに輝いたことから、急きょ日本語バージョンを録音し発売されました。
ナオミはイスラエルなとではポピュラーな女性の名前です。
編曲を担当した馬飼野俊一は、日本を代表する著名なアレンジャーで、『ナオミの夢』のほか、『ひなげしの花』『てんとう虫のサンバ』など多数の編曲を手がけています。
昔の名前で出ています小林旭

1975年リリースの小林旭のシングルです。
リリースから2年後の1977年に入ってからヒット。
ロングセラーとなり累計売上200万枚以上の売り上げを記録しています。
作詞は『兄弟仁義』『三百六十五歩のマーチ』『黄色いサクランボ』なども手がけた星野哲郎。
さまざまな源氏名を持つホステスが、愛しい人を待ちわびるストーリーとなっています。
作曲は冠二郎、香西かおり、中村美律子らに楽曲提供している、演歌メロディーの名手、叶弦大。
『自動車ショー歌』同じコンビの作品です。
神田川かぐや姫

かぐや姫が1973年に発売した楽曲で、当時メンバーの南こうせつがDJを担当していたラジオでこの曲を流したところ大反響を呼び、シングル化されました。
かぐや姫にとって最大のヒット曲となっており、レコード発売から19年後の1992年に「第43回NHK紅白歌合戦」で南こうせつがソロで初出場を果たし、この曲を披露しています。
女のブルース藤圭子

『女のブルース』は、1970年にリリースされた藤圭子のセカンドシングルです。
初のオリコンチャート1位楽曲。
累計売り上げは110万枚と、ミリオンセラーを記録しています。
発売当時18歳だったとは思えぬ、完成された歌唱力と、情念と哀愁に満ちた歌声で、ねっとりと女の業を歌い上げています。
作詞は石坂まさを、作曲は猪俣公章が担当。
藤圭子は、宇多田ヒカルの母親で、2013年に飛び降り自殺でなくなりました。
享年は62歳。
ドリフのズンドコ節ザ・ドリフターズ
『ドリフのズンドコ節』は、1969年にリリース、1970年代にドリフターズが出演するバラエティ番組『8時だよ全員集合』で披露され、お茶の間でおなじみのナンバーとなりました。
この楽曲は1945年に流行した「海軍小唄」をモチーフにしています。
1番から5番までは補作詞として、なかにし礼が作詞、6番は原曲詞を使用。
1番を加藤茶、2番を仲本工事、3番を高木ブー、4番を脱退前の荒井注、脱退後は志村けんが担当。
5番をいかりや長介、6番をメンバー全員で歌唱しています。
ドリフターズのほかにも、田端義夫、安城美智子と鈴村一郎、小林旭、朝丘雪路、氷川きよしらのズンドコ節が存在します。


