1970年代懐かしの邦楽ヒット曲。アイドルと歌謡曲の黄金時代
70年代の邦楽のヒット曲というとどんな曲を思い浮かべますか?
当時リアルタイムで過ごされていた方は、さまざまなヒット曲を思いめぐらせると思います。
カラーテレビが広まったことにより、見る視点でも音楽の楽しみ方ができました。
70年代は歌謡曲やアイドルの黄金時代とも言われています。
生まれていない世代の方でも、「あれ、聴いたことがある!」となるような、親しみやすい曲も数多くありますよ!
そんな魅力的な70年代ヒット曲をぜひお楽しみください!
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1970年代懐かしの邦楽ヒット曲。アイドルと歌謡曲の黄金時代(81〜90)
大阪で生まれた女BORO
1979年。
BORO作詞作曲による大阪ご当地ソングの大傑作です。
BOROの歌もいいけれど、ショーケンの歌もまた素晴らしい。
当時としてはスマッシュヒットに留まっていましたが、長く愛され歌われ続けている意味では70年代最後の名曲ともいえます。
関白宣言さだまさし

結婚するにあたっての条件や要望を連ねた歌詞で、まさに亭主関白を宣言する1曲となっています。
一見ワガママな内容に思えてしまいますが、「幸福は二人で育てるもの」「愛する女は生涯お前ただ一人」など歌詞の端々に深い愛情を感じる部分もあります。
枯れすすきちあきなおみ

1974年に、さくらと一郎によって唄われた曲を、彼女がカバーしました。
この曲はカラオケの演歌デュエットとして今でも広く知れ渡っていますが、当時、歌唱力で定評があり人気のあった彼女が唄うと、またちがった魅力がありますよね。
あまりにも昭和の香りがする楽曲ですが、この曲がこんなにもヒットしたのはきっとこの時代の風潮にすっぽりとはまったからなのでしょうね。
時代は変わっても名曲は残ります。
ポケットいっぱいの秘密アグネス・チャン

1974年のヒット曲。
はっぴいえんどのドラムス、作詞担当だった松本隆の作詞家転向記念作です。
録音のバックはキャラメル・ママ(細野晴臣、鈴木茂、松任谷正隆、林立夫)が担当し、テレビ歌番組出演時も番組専属のジャズフルバンドではなく、ロックバンドはちつみつぱいが担当し、以後歌謡曲とニューミュージックの融合が進むきっかけにもなった曲でした。
魅せられてジュディ・オング

1970年代の終りにジュディオングがランクインします。
この曲は今でも、テレビなどで使用されることが多い名曲となっています。
79年のランキングで年間2位、売上げも120万枚を超えて彼女の大ヒット曲となりました。
UFOピンクレディー

78年になると、前年から人気だったピンクレディがさらに大爆発をします。
一気にポップシーンの人気を全て奪い、前人未到の年間シングルランキングで1位から3位までを独占することになりました。
それは、AKBなどが誕生する何十年も前に達成していたのです。
モンスターピンクレディー

78年の3位もピンクレディで、モンスターです。
この曲は、多少今までのヒット曲とおもむきが違いますが、それでも110万枚を超える売上げとなっています。
年間ランキングの3枚連続が同一アーティストで100万枚超えという偉業を達成しました。
傘がない井上陽水

1970年代の日本に鋭い視線を向けた1曲です。
井上陽水さんが1972年にリリースしたアルバム『断絶』に収録されています。
都会の自殺者の増加を歌い出しにしながらも、個人的な恋愛感情に焦点を当てているところに特徴があります。
雨の中、傘もなく恋人に会いに行こうとする切実な思いが伝わってきます。
本作はビートルズの『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』からインスパイアされたとも言われています。
井上さんらしい不可解さと人の心を打つ力を併せ持つ楽曲。
雨の日に聴くと、より心に染み入るかもしれません。
女のみち宮史郎とぴんからトリオ

この曲は1970年代で最もセールスを記録した演歌となっています。
売上げだけ見ても1972年と73年の2年連続で年間シングルランキングで1位を獲得したのは、この曲だけだと思います。
本当に日本全国に知れ渡った大衆の歌となりました。
わたしの城下町小柳ルミ子

1971年の年間ランキングの1位は、小柳ルミ子が獲得しています。
今ではサッカーのバルセロナの熱狂的ファンとして有名ですが、彼女も大ヒット曲を連発した一流の歌手だったのです。
売上げは110万枚を突破しています。



